第一幕その九
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第一幕その九
「一言でいいんだけれど」
「それを言えば私は死んでしまうわ」
「どうして?」
「あまりにも恥ずかしくて」
ピンカートンから目を逸らしての言葉だった。それと共に頬を紅に染める。
「どうしても。言えないのよ」
「僕は君のその言葉を待っている」
それでもピンカートンは言う。
「だから。さあ」
「貴方がいるだけで」
そう言ってなおも拒む蝶々さんだった。
「だから。御願い」
「けれど僕は」
それでもピンカートンはなおも引き下がらない。
「一言だけでいいから。だから」
「聞きたいの?」
「そうさ、君の言葉を」
こう言って蝶々さんの視線を追う。
「聞きたいんだ。是非共」
「貴方はとても素敵な方」
蝶々さんは今度はピンカートンの容姿について述べた。
「背が高くて笑顔が朗らかで」
「それだけで満足なのかい?」
「そう。それだけでいいの」
慎ましげな様子を見せてきた。
「もうそれだけで。私は」
「何という慎ましい人なんだ」
ピンカートンはそのことに感激さえする。
「では僕はそんな君を捕まえる。それでいいね」
「捕まえるのね」
「そうさ」
蝶々さんに答える。
「そしてずっと離さないよ」
「そういえば」
ピンカートンの捕まえるという言葉であることを思い出した蝶々さんだった。
「海の向こうでは捕まった蝶々は」
「何だい?」
「ピンに刺されて箱に入れられるのね」
怯えた様子と声になる。蝶々という名前から蝶々達を連想したのだ。
「そしてそのままずっと」
「それは何故かわかるかい?」
ピンカートンは甘い笑みを浮かべて彼女に問うた。
「どうしてなの?それは」
「二度と逃がさない為なんだよ」
言葉も甘いものになっていた。
「二度とね。だから僕も」
「あっ」
その言葉と共に蝶々さんを抱き締めた。強く、激しく。
「二度と離さない。だから行こう」
「家の中に」
もう蝶々さんもそれはわかっていた。その場を支配する愛が彼女にそれを教えていたのだ。
「穏やかな夜だ」
もう夜になっていた。空には静かに輝く無数の星達がある。濃紫の空に赤や青、白、緑の星達が瞬き蝶々さんを照らしていた。
「その夜の中で」
「私達ははじまるのね」
「そう、星達に祝福されて」
二人は同じ空を見ていた。だがそれはそれぞれ違う目で見ていた。蝶々さんは完全に同じ目で見ていると思っていたのだが。
「はじまるんだ。さあ、中へ入ろう」
「二人の愛の中に」
うっとりとして抱き合いやがて家の中に消える。灯りもなく静かな夜がはじまる。それが蝶々さんの愛のはじまりであった。
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