弐ノ巻
かくとだに
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がたがたと震えながら僕の室に戻ってきて、寒さで覚束ない手で瑠螺蔚さんを降ろした。
手や足の末端は、もう冷たさを通り越して刺すような熱さを錯覚するところまできている。
だけど意識のある僕はまだいい。
ぐたりと気を失っている瑠螺蔚さんの頬から血は失せ、唇は色が抜け薄く開いている。黒く縁取られた瞼は息をしているか疑うほど静かに固く閉じられていた。
その唇に指の背をあてても、自分が寒さで痺れているせいで呼気を感じ取れない。不安にはなるが、その確認は後だ。今しなければならないことは別にある。
一刻も早く、身体を温めなければ。
温石、火鉢、湯を沸かすにしても…だめだ、どれも時間がかかりすぎる。薪を入れて、火をつけて…なんて悠長に待っている暇はない。
北の一部では南から伝わった真っ赤な南蛮胡椒というものを足袋に入れたり、直接擦りつけたりして凍傷を防ぐらしいがそんな珍品今手元にないし、防寒と言う意味ではもう手遅れだろう。
瑠螺蔚さんの指は、思わず顔を顰めるほど細く折れそうに凍えている…。
『しねばよかったのよ』
ふと、琵琶の湖で聞いた声が甦った。
死ぬなどと言う禍言を、楽しそうに話す、女童。
嘘のような話だけれど、僕が瞬きをする間に、跡形もなく消えていた。
そもそも、女童など僕が見た幻覚でしかなかったのだろうか。いるはずがないのだ。雪が降る冬の深夜に、琵琶の湖に女童が。
しかしその声は疑うべくなくねっとりと体の奥に沈みこんでいる。
瑠螺蔚さんがもうすぐ死ぬ運命だなどと…どうかしている。
僕は不吉な考えを振り払うように瑠螺蔚さんの帯に手をかけた。体を冷やして大分時間がたっている。躊躇している暇はなかった。ぐっしょりと濡れた帯は重く手にあたったが、凍えた手にはもうその感覚すらなかった。
思い通りに動かない手に苛立ちながら、目を逸らしてやや乱暴に衣を開けば、緋の衣に白羽二重の下着が痛いほど目に映えた。
小袖は上着、下着、肌着と重ねて着ている。当然ながら、肌着までびしょ濡れだろう。
これから、濡れた衣を脱がせて、更に新しく乾いたものを着せるのか?僕が?
一瞬、我に返りそうな心を慌てて叱咤する。
考えたら、負けだ。これは病人の看護と同じだ。瑠螺蔚さんの明日の健康だけを考えろ、健康…。
肌に張り付く下着と共に肌着まで脱がせると、室の隅に放り投げる。
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