第百十五話 大谷吉継その一
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第百十五話 大谷吉継
信長は岐阜城において実に楽しげな様子であった。柴田はその主にやや怪訝な顔をしながらもある程度は察してこう尋ねた。
「また人が来るので砂」
「うむ、前から言っていた大谷吉継が来るのじゃ」
信長は弓を引きながら柴田に答える。
「今日か明日にな」
「だからですな。それで殿」
「何じゃ、権六」
「うきうきとされるお気持ちはわかりますが」
柴田はその髭だらけの顔を笑わせて信長の傍に控えている。そのうえでこう言うのだった。
「今日はもう一つよいことがありますぞ」
「ほう、何じゃ」
「浅井家に嫁いでおられる市様から贈りものです」
「市からか」
「左様です。砂糖です」
「ほほう、よいのう」
信長は矢を放った、するとその矢は見事に的を射抜いた。
矢は的の中央に刺さっていた、しかし信長はその矢と的を見て首を捻って述べた。
「少し外れたのう」
「ですな。僅かですが」
「しかし外れておる」
微妙にそうなっているというのだ。
「いかんな、砂糖に心が弾んだわ」
「いけませんな、それは」
「うむ、何があっても浮かれては破滅じゃ」
「左様です、ましてや砂糖は確かに馳走ですが」
この時代の砂糖はそうだ。黒く硬い塊であるそれは何かと贅沢なものとして重宝されていたのである。これは狂言にも話がある。
「浮かれてはなりませんぞ」
「だから微かに外れたのう」
的の中心を射抜いているがその中心の赤い部分のさらに中心を僅かに、右に外してしまっているのだ。それで信長と柴田も言うのだ。
柴田はここでこうも言った。
「殿は常に弓をされていますな」
「それに馬と水練じゃな」
「槍もですが」
「身体を動かし汗を流さぬとしっくりこぬ」
言いながらまた弓をつがえて構える。
「それも毎日のう」
「身体を動かし汗をかき心の憂いや苛立ちを打ち消す」
柴田も確かな声で述べる。
「それがしもそうしております」
「権六はまた少し豪快過ぎるのう」
「素振りに馬ですが」
「その振る木刀じゃ。あのでかい木刀をよく振るのう」
「あれを毎日千八百です」
それだけ振るのが日課だ。それこそ子供位の重さの木刀を毎日それだけ振ることが出来るのも柴田程の体格と膂力があってこそだ。
信長は柴田の大柄で逞しい身体と顔の下半分を完全に覆っている見事な黒髭を見てこんなことも言った。
「御主は関羽じゃな」
「あの明の三国時代の将ですな」
「そうじゃ。あの豪傑を思い出したわ」
「いや、それがしはとても」
柴田も関羽のことは知っている、それでこう言うのだった。
「関羽程の者ではありませぬ」
「違うと申すか」
信長はまた矢を放った。今度は完全に中央のさらに真ん中に突き刺さ
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