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皇帝ティートの慈悲
第一幕その三
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第一幕その三

「そして我等の英雄ではないですか。この偉大なるローマを統べておられる」
「まあそうでしょうけれど」
「それにです」
 彼はさらに言葉を付け加えてきた。
「それに?」
「ベレニーチェ様は今ローマにはおられません」
「ローマにはいない」
「そうです」
 アンニオはこのことをヴィッテリアにはっきりとした言葉で伝えたのであった。ヴィッテリア自身もそれを聞いて目を動かさずにはいられなかった。
「あの方の御命令でローマを発たれました」
「まさか。それは」
「本当です」
 答えるアンニオの言葉の強さがそれが真実だと教えていた。
「今ローマはそのことで泣いています」
「貴方はそれを見ていたのですね」
「その通りです」
 またしてもはっきりとした声で答えてみせるアンニオであった。
「私はあの方がローマを去られる崇高な別離の場所にいましたので」
(希望が)
 ヴィッテリアの心に光が差し込んだ。
(これなら私も)
「セスト」
 そしてすぐにセストに囁くのだった。
「何でしょうか」
「すぐにことを中止するのです」
 こうセストに囁いていた。
「よいですね」
「止めるのですか」
「今はその時ではありません」
 今のアンニオの言葉を聞いての判断であるのは言うまでもない。ここでは彼女は政治的な判断を下したと言える。
「ですから。よいですね」
「私は貴女様の命じられるままに」
「ならばそうするのです」
 これで決めさせたのであった。
「よいですね」
「わかりました。ですが」
「何ですか?」
「私は貴女様の視線が欲しい」
 思い詰めた顔での言葉だった。
「せめて。その優しい視線が」
「それが何か」
「せめてです」
 言葉が切実なものになっていた。
「それだけでも。どうしてこの様な苦痛を」
「そこまで言うのなら」
 ヴィッテリアはセストのその言葉を受けて彼女が持っている生まれながらの傲然さを露わにして声を出すのであった。その声は。
「私の気に入られないのなら貴方のその疑念を捨てるのです」
「私の疑念を」
「そう。そして私を悩ませないこと」
 セストにとってはあまりにも残酷な言葉であった。だがヴィッテリアはそれを承知のうえで言葉を出していた。目は完全にセストを見下ろしていた。
「この様な煩わしい疑いでただひたすら信じる者は真心を約束されます」
「真心を」
「そう。そして常に欺かれることを怖れる者は背信を誘い込むでしょう」
 このことを傲然と言い放ち終えるとその場を去った。後にはセストとアンニオが残った。アンニオは打ちひしがれるセストに優しく声をかけるのだった。
「なあセスト」
「何だい?アンニオ」
「行こう、今から」
「行くと言っても何処に行くんだい?」

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