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皇帝ティートの慈悲
第二幕その十
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第二幕その十

「彼ですが」
「セストか」
「そうです」
 セストに顔を向けて語る。セストは意識してヴィッテリアから視線を逸らしていた。
「彼は無実です」
「無実だというのか」
「その通りです」
 語るその顔がさらに青ざめる。最早死者の顔そのものであった。
「真の罪人は他にいます」
「他にか」
「そう、私は知っているのです」
 何とか言葉を出した。喉が潰れそうになったが。
「その邪悪な陰謀の張本人を。私は知っています」
「誰だそれは」
「そうだ、誰だ」
「セスト様が犯人でないとすると」
 ヴィッテリアの今の言葉を聞いてコロシアムにいる市民たちも騒ぎ出した。最早処刑も協議もそれどころではなくなってしまっていた。
「誰なのだ?」
「それは」
「そしてそれは誰だ」
 ティートはまたヴィッテリアに問うた。
「そなたが知っているというその張本人は」
「信じて下さいますね」
 まずは念押しをしてきた。
「私の言葉を」
「無論」
 毅然として返した言葉であった。
「ローマ第一の市民の名にかけて」
 プリンキケプスということだ。ローマ皇帝はまずはローマの民主制を守らなくてはならないとされている。だから元老院もかなりの力を持っているのである。
「それを誓おう」
「わかりました。それでは」
 ここまで聞いたうえで覚悟を見せたのだった。己の揺るぎない覚悟を。それは。
「その張本人ですが」
「それは誰だ?」
「私なのです」
 告白する瞬間は顔が強張っていた。
「この私なのです」
「何っ!?」
「何だと!」
 皆それを聞き一斉に驚きの声をあげたのだった。まさかと思わずにはいられなかった。
「ヴィッテリア様がか!」
「そんな!」
「嘘ではないな」
「先程申し上げた通りです」
 そこにある強い決意は不動であった。
「貴方様に忠誠と友情を誰よりも持っていたセストを唆し」
「私を殺させようとしたのだな」
「彼の私への想いを利用しました」
 このことも告白したのだった。
「私は。自分の為に」
「何故その様なことを」
「私が后になれないと思ったからです」
 これについてはティートも心当たりがあった。確かにこれまで皇后を選ぶにあたって二転三転していたからだ。だがそれがヴィッテリアの邪心を起こしたとは気付いていなかったのだ。
 彼女はさらに言う。
「それ故です。それで怨みの心を抱き」
「それでか」
「その通りです。全ては私が」
「私はセストを赦すことを決めていた」
 ティートは俯いて述べたのだった。
「だがまた一人罪を犯した者が出て来た。これは私に冷酷になれと神々が言われているのか」
 こうもさえ思った。
「まさか。いや」
 だがここで彼はまた決意したのであった。

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