第一幕その六
[2/3]
[8]前話 [1]次 [9]前 最後 最初 [2]次話
った。
「だからな、行くぞ」
「わかったよ。おっと」
トニオはここで忘れ物に気付いたふりをした。そっとカニオと擦れ違う。
「これを持って行かないとな」
「何だい、それ」
「俺のおまじないさ」
それは一本の折れた釘だった。
「いつも芝居の時はポケットの中に入れてるんだ」
「釘をかい?」
「気付かなかったのか?今まで」
「今はじめて知ったよ。御前がそんなもの持ってたなんて」
「気付かなかったのか」
だがこれは当然であった。何故なら今適当に思いついたことだったからだ。
釘を拾う。拾いざまに側にいるカニオに囁いた。これが本来の目的である。
「明日の朝逃げるつもりらしいですよ」
「!?」
カニオはその言葉を聞いて目を凍らせた。
「多分相手の男は芝居に来ますから。その時注意していればいいです」
トニオはまた囁いた。
「上手くやるには今は知らんふりをすることですぜ」
最後にこう囁いた。それで彼は離れた。
「もう拾ったか?」
「ああ、今な」
芝居は続けていた。
「じゃあ座長」
ペッペはトニオが側に来るとまたカニオに声をかけた。
「俺達は向こうで着替えますんで。それじゃ」
「ああ」
カニオは呆然とした声で返した。そしてペッペ達が去ると彼もまた着替えの為にテントの中に一室に入った。
そこには衣装箱と木のテーブル、そして椅子が置かれていた。木の古いテーブルの上には小さな鏡があった。化粧用であるのは言うまでもない。
その鏡を覗き込みながら着替える。一言も漏らさずに表情も硬い。道化師の服を着たが笑ってはいなかった。
着替え終えると今度はテーブルに着いた。そして鏡を見ながら化粧をはじめた。
徐々にカニオから道化師になっていく。しかし彼は不意に道化師になった自分を見て声を漏らした。
「こんな時でも芝居か」
苦渋に満ちた声で呟く。
「こんな時でも。俺は芝居をしなくちゃならないのか」
次第に感情が昂ぶってきた。
「糞ッ!」
そしてテーブルを叩いた。
「何を言っていいのか、何をしていいのか、全くわかっていないというのに。俺は芝居をしなくちゃならんのか!」
激昂して叫ぶ。
「これでも俺は人間なのか!?いや、違う!」
鏡に映る自分自身に対して言う。
「御前は、俺は道化師なんだ!衣装を着けて化粧をして人を笑わせる。俺は、御前は道化師なんだ!」
何時しか泣き叫んでいた。
「アルレッキーノがコロンビーナを奪っても」
舞台での役の名前である。彼は道化師の役なのは言うまでもない。
「俺は、御前は笑うんだ。それで御客様は大喜びさ!それでいいんだ!」
だが。彼はカニオなのだ。道化師はそれでよくてもカニオはどうなるのか。
「苦悩を涙と滑稽に変えて、すすり泣きも悲しみもしか
[8]前話 [1]次 [9]前 最後 最初 [2]次話
※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりを挿む
[7]小説案内ページ
[0]目次に戻る
TOPに戻る
暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ
2024 肥前のポチ