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ホフマン物語
第五幕その三
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第五幕その三

 いや、いた。ニクラウスだけがそこにいた。
「ねえ」
 彼は声をかけた。だがそれはホフマンに対してではない。
「わかっているわ」
 女の声がした。それは彼の影から聞こえていた。
「もういいんじゃないかな」
「そうね」
 影は彼の声に頷いた。
「それじゃあ交代ね」
「うん。とりあえず僕の仕事は終わりか」
「後は私に任せて。今まで御苦労様」
「いやいや」
 ニクラウスは床に沈んでいった。そしてそのかわりに影が浮き出る。それは影から色をつけ、女性の姿へとなっていった。
 ニクラウスはそれに対して徐々にその身体を黒くしていった。そして影になっていく。こうして両者は完全に逆転してしまった。
「ホフマン」
 今まで影だった女性がホフマンに声をかける。ニクラウスと同じ顔のその女性はミューズであった。
「酔い潰れてしまったのね」
「いや、まだだ」
 だが彼はまだ潰れてはいなかった。その手に杯を持ってミューズに顔を向けた。
「ニクラウス、君も一杯」
「私はニクラウスではないわ」
 ミューズはそんな彼に対して言った。
「私はミューズ。貴方の守り神を」
「僕の」
「ええ。詩人であり音楽家である貴方のね」
「何時から僕の側にいたんだい、貴女は」
「ずっと前から」
 彼女は言った。
「ずっと貴方を見ていたわ。そして見守ってきたの」
「ずっとかい」
「ええ」
 ミューズは頷いた。
「ずっと。そして今も」
「そうだったのか」
「三つ、いえ四つの恋の時も私は側にいたわ」
 にこりと笑って告げてきた。
「じゃあ貴女は」
「けれどそれはどうでもいいこと。その恋から貴方は大きなものを得たのだから」
「それは一体」
「芸術よ」
 優しい声でこう語った。
「それを手に入れたことに比べれば今までのことはほんの些細なこと」
「些細なことなのか」
「ええ」
 ホフマンの言葉に頷いてみせてきた。
「けれどずっと僕の心に残り続ける。傷として」
「傷として」
「そうだ。これは現実のことなのだから」
「それを疑ったことはないの?」
「えっ!?」
 ホフマンはミューズのその言葉に顔を向けた。
「それは一体。どういうことなんだい?」
「現実の世界と幻想の世界なんて境は曖昧なもの。あれは幻の世界でのことだったのよ。そしてステッラのことも」
「嘘だ、それは」
 ホフマンはそれを否定した。正確に言うならば否定したかった。もう何が現実で何が幻想なのかわからなくなってきていた。酒のせいだけではなかった。
「嘘だと思うのなら後ろを御覧なさい」
「後ろを」
「ええ。そうすればわかるわ」
 見ればその通りであった。そこにはステッラがいた。アンドレもナタナエルも。そして今まで会ってきた人達が。いな
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