巫哉
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「待て」
日紅はそれが最初、空耳だと思った。
「ヒベニ、待て」
「痛!」
思わず日紅は呻いた。左耳をいきなり何かで挟まれたと思った直後、薄皮を剥がされたような痛みが走った。
足元がふらついて日紅はそのままその場に座り込んだ。
「止まれと言うに聞かぬお主が悪い」
後ろから声がして、蹲った日紅の目の前に草履をはいた足と黒い着物の裾が見えた。
「しかしお主予想以上に旨いな。もう少し齧っても死なぬな?」
「え何いたいいたいいたい離して!」
がしっと日紅は目や鼻のあたりを押さえつけられて再び耳を固いもので挟まれた。そして強く耳を引っ張られた。いや引っ張られるなんて生易しいものではなく、引きちぎろうとされたと言うほうが正しい。
日紅はあまりの痛みに訳も分からず目の前のものを両手で突き飛ばした。離れるときに、ぬるりとしたものが耳を掠めた。
日紅は耳を手のひらで覆いながらきっと顔をあげた。そして言葉を失った。
目の前にいたのは、闇よりも深い色の着物を着た、目を疑うほどの美人だった。
左右対称の顔もさることながら、その無駄のない引き締まった体つきも芸術品のように美しい。動作の一つ一つが軌跡を描いているかのように秀美で端麗だ。
男形であることがまた壮絶な色香を漂わせている。
「なんだ。二つもあるのに一つぐらい寄越してもいいだろうが」
目の前のものはぺろりと唇についた赤いものを舐めた。
あれは日紅の血だ。日紅の耳を食べて旨いだ何だのと言っているということは、間違いなく妖でしかも人食いの類いだ。ヒトに対して魅力的な外見はヒトを捕食しやすくするためのものだ。日紅は今になって夜中に外に出てきたことを後悔した。逃げなければ!
日紅は踵を返した。しかし即座に腕を取られる。
「待てと言うに。あやつに会いに行くのではないのか?」
「…あやつ?」
思ったより真剣な声に、日紅は耳を両手で覆ったままそのものと向き合った。
「む。お主、体がどこか悪いのか」
「そんなこといいから。あやつって?」
日紅は相手の瞳を覗き込んだ。底が見えない暗い瞳。けれども今は怖いと思わなかった。その答えのほうが気になった。
「自らの名を持たぬものだ」
『彼』だ!
日紅は思わず叫びそうになった。
「ねぇ巫哉はどこにいるの!?いまなにをしてるの!?
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