第三幕その五
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道が」
「はい」
彼はまた耳元で囁きはじめた。
「ほら」
「アントニア」
「その声は」
絵から女の声が聞こえてきた。アントニアはそれにギョッとする。
「聞こえていますか」
「御母様なのね」
「ええ」
見れば絵が動いていた。口を動かし、頷いていた。まるで生きているように。
「聞こえますな、あの声が」
「はい」
ミラクルの言葉にももう頷くだけであった。
「御母様の声です。よく聞きなさい」
「わかりました」
この時アントニアはミラクルの顔を見てはいなかった。見ていたらどう思ったであろうか。その無気味な笑顔お。まるで悪魔の様な笑顔を。
「アントニア」
母はまた娘の名を呼んだ。
「唄いたいのね」
「はい」
アントニアは頷いた。
「とても。幾ら偽っていても私にはわかるわ」
母は優しい声でこう言った。
「唄いなさい」
そして言った。
「唄う」
「そうよ。自分の心に従うのよ。そうすればいいわ」
「けれどそれは」
「御母様の御言葉です」
ここでミラクルがまた囁いた。
「唄う様に仰いましたね」
「ええ。けれど」
だが彼女はまた戸惑っていた。
「唄えば」
「何を迷う必要があります」
彼はまたしても耳元で囁く。
「御母上も仰ったではありませんか」
「アントニア」
肖像画の母がまた言う。
「唄えばいいのよ」
「唄えば」
「そう」
「もう用意はできておりますぞ」
ミラクルはそう言いながらバイオリンを出して来た。そして言う。
「唄いなさい」
「わかりました」
彼女は意を決した。自分の心に、いや得体の知れぬ誘惑に従うこととした。
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