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セビーリアの理髪師
3部分:第一幕その三
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第一幕その三

「それはないさ。むしろそうなればどれだけ有り難いか」
「ではそうなることをお望みですね」
「その通りだ」
 伯爵も警戒に彼に言葉を返す。
「実はこの前とても美しい娘さんを見掛けたのだ」
「ほう」
 伯爵の言葉を聞いて楽しそうに声をあげる。わざとギターを鳴らして囃し立てにする。
「それはよいことで」
「少し前このセビーリアに引っ越してきた頑固者の医者の養女らしいんだ」
「頑固者の医者といいますと」
 それを聞いてフィガロの顔が微妙に動いた。伯爵もそれを見て彼がその頑固者の医者について知っていることを見抜いた。
「知っているのか」
「知っているも何もあれでしょ?」
 また伯爵に尋ねてきた。
「この家の」
「そう、この家だ」
 今さっき伯爵が窓に向かって歌を唄ったその家である。
「この家の娘さんだ。どうにかして一緒になりたいのだが」
「ううむ、それは運がいい」
「運がいい?私がか」
「そうです。まさにマカロニの上にチーズが落ちてきたとはこのことです」
 日本では棚から牡丹餅という意味になる。思わぬ幸福というものは何時でも何処でもあるということなのである。
「実は私はこの家の理髪師なんです」
「えっ、そうだったのか」
「しかも鬘屋であり」
 鬘に関することも理髪師の仕事だったのだ。他には。
「外科医であり植木屋であり薬剤師であり獣医でもあります」
「本当に何でも屋なんだな」
「そういうことです。つまりこの家に関しては何でも知っているんです」
「何と運がいい話だ」
 伯爵は自分で自分の幸運に感謝して言葉を漏らした。
「しかもあの娘ですよね」
「そう、あの人だ」
 伯爵は顔を前に出させて応える。
「あの人についても知っているんだね、やっぱり」
「勿論です。それではですね」
「うん」
「まずはここは」
「どうするんだい?」
「お任せ下さい。伯爵様の為なら」
 自分から協力を申し出てきた。
「一肌も二肌も脱ぎますから」
「全く運がいいことだ」
 伯爵はまた自分の幸運に感謝した。
「フィガロに会えたおかげで。上手くいきそうだ」
「しっ」
 だがここでそのフィガロに静かにするように言われた。
「お静かに」
「どうしたんだい?」
「上の窓が開きます」
 窓の上を指差して言う。その窓が。
「ここは隠れましょう」
「そうだな。それじゃあ」
「ええ」
 伯爵はフィガロの言葉に従い建物の中に隠れる。するとそれと入れ替わりに窓から一人のうら若き美女が姿を現わした。
 縮れた黒い髪を上でまとめた黒い瞳の女だった。小柄で浅黒い肌が如何にもスペインの女である。いささかふっくらとした顔は優しげでありそれでいて知的なものさえ漂っている。はっきりとした大きな目が印象的で
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