第一幕その三
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見惚れた奥方は彼女に対して言った。
「貴女は素晴らしい女優になるわ」
その顔は素直な賞賛であった。彼女は誰よりも早くアドリアーナの女優としての素晴らしさに魅了されたのであった。
「けれど・・・・・・」
だが奥方はここで表情を暗くさせた。
「女としては不幸になるかもしれないわ」
彼女は哀しい顔で言った。アドリアーナの純真で一途な心が男にとって実に都合良く弄び易いものであるかを知っていたからだ。そしてこの言葉は不幸なことに的中する。神とは時として何か素晴らしい力を授けるとともに哀しい運命を授けるものなのである。これは神に悪意があるのではないだろう。運命という神でさえあがらう事の出来ぬもののせいである。
それから洗濯屋で働いていたがそこでフランセーズ座の名優ルグランに出会った。彼女を見て一目で気に入った彼は彼女のパトロン兼先生となった。これがアドリアーナの女優としての本格的な活動が始まった。
ストラスブールの劇場でデヴューしやがてフランセーズ座からも声がかかる。タイトルは『エレクトル』であった。
そのデヴューは大成功であった。彼女はたちまち観客達の心を掴んだ。そしてすぐに国王付の女優となった。ルイ十五世も彼女の演技と美貌に心を奪われたのであった。
彼女は悲劇も喜劇も見事に演じきった。性格的、情念的な悲劇も人間の真実を深く抉り出す喜劇も見事に演じたのである。彼女はまさに天才であった。
その彼女が今部屋に入って来たのだ。それを見ずにおれぬ者がいるであろうか。
「サルタン=アムラットはその権力で私に降伏を強いる」
彼女は右手に持つ巻物を見ながら劇の台詞をゆっくりと練習している。
「皆出でよ!全ての出口は向こう見ずな者に対して閉ざされなければならない」
ここで彼女は練習を中断した。
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