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アドリアーナ=ルクヴルール
第三幕その六
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ったがそれは卑怯と思い直しこの場に留まった。そして責任者の一人として二人の激しい炎を見た。
(これは消す事が出来ないな)
 彼はそれを見て思った。そしてこの炎はさらに燃え上がった。
「マダム、一つお願いがあるのですが」
 公爵夫人はわざとらしくアドリアーナに微笑んで言った。
「何でしょうか、奥様」
 彼女も平静を必死に取り繕いそれに答える。
「舞台の名調子をお聞きしたいのですが宜しいでしょうか?」
 周りが二人のことをヒソヒソと話しているのをようやく察したのだ。あえて彼女に話し掛けた。
「ええ、よろしいですわ」
 アドリアーナはそれを承諾した。側にいたミショネがそっと囁いた。
「慎重に選んで下さいね」
 彼にもこのただならぬ様子はわかっていた。アドリアーナを気遣ってそう囁いたのだ。
「はい」
 彼女はその囁きに頷いた。そして公爵夫人を見た。
「何を演じて下さるのですか?」
 公爵は尋ねた。
「アリアドネの台詞はどうでしょう?」
 アリアドネとはギリシア神話のクレタの王女だ。英雄テーセウスを助けながらも彼に棄てられる悲運の女性だ。それをあえて勧めたのだ。ここではコルネイユの書いた悲劇である。これはあからさまな攻撃であった。
「・・・・・・・・・!」 
 アドリアーナはその勧めに思わず絶句した。公爵夫人は彼女の紅潮した顔を見て微笑んだ。尚予断であるがこのアリアドネは悲しみに打ちひしがれているところを酒の神ディオニュソスに慰められ彼の恋人となる。
「私はあの劇はあまり好きじゃないな。別のものがいい」
 公爵はそこで口を挟んだ。アドリアーナはその言葉に胸を撫で下ろし公爵夫人は心の中で舌打ちした。
「そうだなあ、『フェドラ』がいい。あれの帰途のくだりが聞きたいな」
 ラシーヌの悲劇だ。これもギリシアの話をもとにしている。ある王の後妻フェドラが自分の義理の子を愛してしまう話である。そして彼女とその義理の子を中心とした政治や宗教までもが入り組んだ複雑な悲劇である。彼の言葉に対しアドリアーナは頭を垂れた。
「それでは『フェドラ』を」
 彼女は語りをはじめる準備をした。客人達は席に就いた。
「私達も座ろう」
 公爵は妻に言った。マウリツィオも僧院長も席に座った。

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