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アドリアーナ=ルクヴルール
第三幕その五
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院長は一礼してそれに応えた。満足気である。
 こうした劇は当時よく行なわれていた。音楽家や戯作家達もよく王侯達に自分の作品を捧げた。モーツァルトもそうした作品を残しているしハイドン等もそうである。これをおべっかと断ずるのは実にたやすいがその中にも名作が多くあるものなのである。十九世紀になってもロッシーニはシャルル十世の即位の折に『ランスへの旅』という作品を残している。これは彼らしい楽しい名作である。
「ところで奥様」
 拍手を役者達と共に浴びた僧院長は公爵夫人のところへ来た。
「あの貴婦人ですか?」
 マウリツィオの恋人のことである。見れば青いドレスを着た美しい夫人がいる。さる伯爵のご令嬢だ。
「違いますわ」
 公爵夫人はいささか不機嫌そうに言った。
「そうですか」
 僧院長はその言葉に首を傾げて言った。
「伯爵の」
 公爵夫人はそう言ってマウリツィオを右手に持つ絹の扇で指し示した。
「愛しい美しいお方は」
 そう言って隣にいるアドリアーナの方へ顔を向けた。
「マドモアゼル、ご存知ありませんか?」
 そう言ってあえて優雅に微笑んだ。その微笑には毒を含んでいる。
「私が!?」
 アドリアーナはその思いもよらう奇襲に戸惑った。
「そうですわ。話題のもう一方の主役です。宮廷ではとある女優ではないかと言われていますが」
「それってデュクロじゃなかったっけ」
 微笑みつつアドリアーナに語り掛ける公爵夫人の横で僧院長はボソリ、と言った。
「そうなのですか?私の聞いたところによりますとお相手は優美な淑女とか」
 そう言って微笑んだ。この微笑みには豹の牙を隠している。
「それは何処でお聞きしました?」
 公爵夫人は尋ねる。
「劇場仲間から。もっぱらの噂ですわよ」
 アドリアーナは返す。負けてはいない。
「夜の誰にも知られていない逢い引き」
 公爵夫人は暗にアドリアーナに彼女の恋人との密会を囁く様に言う。そこには甘い毒を含んでいる。
「月の下での秘密のお話」
 アドリアーナはそれに対しこの前の別荘での話を出した。爪が微かに見えた。
 二人の言葉の掛け合いは客人達も見ていた。
「何か変な掛け合いですこと」
 淑女達は首を傾げて話している。
「それは一体何のお遊びですか?劇か何かの台詞ですか?」
 僧院長も不思議に思い二人に尋ねる。
「恋人に捧げた小さな花束」
(それはあのすみれの花の・・・・・・)
 アドリアーナは心の中で言った。あの控え室でマウリツィオに与えたあのすみれの花だ。
(くっ・・・・・・・・・)
 公爵夫人はそれを出して勝ち誇っている。無論顔には出していない。その優美な仮面の下で笑っているのだ。それは女虎のような顔である。
 しかし女豹も負けてはいない。仮面の下で虎をキッと見据えた。

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