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戦国御伽草子
弐ノ巻
輪廻

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苦しいの。



















「佐保彦、きいて。御影も真澄も悪くないわ。おねがい、あたしたちをそっとしておいて。あたしたち、佐保になにもしないわ。美知主がいったわ。丹波(たんば)に連れていってやるって。あたしたち、丹波に行くわ。二度と、あんたたちに会わない。だから……」
 声が詰まり、涙が、頬をこぼれ落ちていった。
 なんのために、あたしたちは生まれてきたのか。どこにも安住の住処(すみか)を持たずに、佐保から淡海に、淡海から丹波へと流れてゆくしかないのだろうか。
 それでもいい、たとえ丹波にいっても、今は佐保彦の憎しみから逃れたいという、ただその思いにかられて、真秀はつづけた。
「だから、もう、あたしたちを放っておいて。忘れるから。あんたたちが、御影と真澄を殺しかけたことも、ぜんぶ忘れて……」
燿目(かがめ)、そいつを黙らせろ!」
 ふいに佐保彦が立ち上がり、立ち上がりざまに掴んだ土器(かわらけ)の小皿を、真秀めがけて投げつけた。すでに力が尽きかけていた真秀は、とっさに身をかわすこともできず、小皿はみごとなほど、真秀の額のまんなかに当たった。
 土器が割れてとび散り、やがて額から、ひとすじの血が流れてきた。
 気味の悪いほど静かに、ゆったりと重たげに、血が眉間をつたい落ちてくる。真秀は拭うことも忘れて、佐保彦をみつめ返した。
 佐保彦の目にあるのは、いっときの激情ではなかった。長い年月をかけて育まれ、醸された、骨にまで染みこむような憎しみだった。
「あたしたちは敵なの?あんたたちは絶対に、御影を……真澄やあたしたちを許さないの?だったら、あたしも、あんたたちを憎まなきゃならないわ。御影や、真澄を殺そうとしたあんたたちを。一生、憎むわ!」

















「――王子は、迷っておられる」
 燿目はじっと佐保彦をみつめながら、ふいにいった。
 佐保彦はぎくりとして、彼を見かえした。
 燿目の目は死んだ魚のように動かず、ただ佐保彦を凝視していた。
「――御影母子を殺すように命じたことを、王子は今や迷っておられる」
「ばかな………!」
 激しく叫びながら、しかし、その声がひどく掠れていることを佐保彦は鋭く意識した。
 そして、その声にひそむ躊躇いを、燿目は決して聞き逃さないだろうということも。
「――王子のためらいの気配が、わたしには邪魔です」
 燿目は容赦なく、いいつのった。
 うむをいわせぬ強い口ぶりは、いつもの控えめな燿目のものではなく、神がかりした巫人(みこ)そのものだった。
「わたしの耳は、王子の気配になじみすぎている。王子の迷いの気配に、わたしの心が共鳴(
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