第十章 (2)
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期の入り口にいた僕には分かった。
僕たちはそれを、土足で踏みにじった。子供ゆえの無知さで、あるいは大人の都合で。薄れていく意識の中で、もう一度流迦ちゃんを見つめる。…死ぬことへの恐怖は、大して長くは続かなかった。ただ、悲しかった。…そんなにも好きな人が流迦ちゃんにいることとか、それが僕じゃないこととか、優しかった流迦ちゃんが僕を憎んでいたこととか、家を出る前にお母さんが、今日はカレーだって言ってくれたこととか、今もお母さんが、帰りが遅い僕をやきもきしながら待ってることとか、でも僕が帰ることは二度とないこととか、…流迦ちゃんが、泣いてることとか。
僕が鼻歌交じりに謳歌していた『幸せな毎日』は、流迦ちゃんの幸せを削り取ることで成り立っていたんだ。
悲しくて、声も出なかった。
だからせめて、目を閉じた。これ以上、僕のせいで泣いてる流迦ちゃんを見たくなくて。
目を閉じた瞬間、頬を涙が滑り落ちた。僕のなのか、流迦ちゃんのかは分からない。そのまま僕の記憶は、吸い取られるように闇に落ちた。
瞼の向こう側に、まぶしい光を感じた。…ここは天国かな。ううん、親より先に死んだ子は、賽の河原に送られると聞いた。じゃ、ここは賽の河原か。上水道にはまって死んだあの子は、うまく石を積めているかな。僕は、うっすらと眼をあけた。
「いっちゃん!!」
「父ちゃん、兄ちゃん起きたがよ!!」
見覚えがない白い天井。僕の顔を両手で挟んだまま泣き崩れる母。おろおろしながら父を呼びに走る妹。のっそりと入ってくる父。そんなものを順繰りに見わたしながら、半身を起こす。父は枕元に転がっていたナースコールを押して「息子が目を覚ましました」と、一言だけ言った。
一日だけ様子を見て、すぐに退院になった。首を絞める力が弱くて、致命傷にならなかったとか聞いた。
「…流迦ちゃんは」
その名前を聞いて癇癪を起こしそうになった母をなだめ、父が静かな目をして応えた。どうしてか分からないけど「お父さん、こんな顔するんだ…」と、不思議に思った覚えがある。
「流迦ちゃんは、病院に収容されたが」
「…怪我したん?」
「そうじゃなか。察してけ」
それ以上、何も聞けなかった。そのあと、とても遠くの病院に収容されたことと、もう二度と流迦ちゃんに逢えないことを、父から言葉少なに聞かされた。
叔父さんたちが僕の家に来たのは、僕が退院した次の日だった。母が会うのを嫌がったので、父が1人で対応することになっていた。『僕に』謝りに来たって話なのに、父は僕を座敷に入れてくれなかった。「…あんしは『わしに』謝りに来たんじゃ」父は苦い顔をして僕を見下ろし、座敷の襖をぴしゃりと閉めた。
「ほんなこて…あのがんたれが、かんげんねこどしくさって、おいも聞いたときゃ、たまがったがよ。事件にせんでもろてあり
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