第十章 (2)
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いる姿を目撃する。
待ちに待った春の日曜日。流迦ちゃんと毎年出かける蓮華の川原を楽しみに、虫取り網と麦茶を持って、彼女の家に駆けつけた。玄関先で『るーかーちゃーん』と叫ぶと、いつものように叔母さんが『あら、いっちゃん』と笑ってくれて、後ろの廊下に向かって『流迦―、いっちゃん来たがよ!』と呼んでくれるんだ。…その日も、そうだと思ってた。
玄関で何度声を張り上げても、流迦ちゃんが出てくる気配がない。僕はしびれをきらして、靴を乱暴に脱いで家に上がり、勝手知ったる流迦ちゃんの部屋を覗き込んだ。
そこで目にした光景は、多分一生忘れることはない。
散乱した手紙の山、それを片っ端から引きちぎる叔父。その傍らで、頬を押さえて涙を流す、僕の流迦ちゃん。
――頭が、真っ白になった。
叔父さんは、顔を真っ赤にして僕には分からない言葉を早口でまくし立て、流迦ちゃんを突き飛ばした。僕は思わず『ひっ』と声を上げた。
「あ――いっちゃん!おいやったんかすまんすまん、ほれ、流迦!いっちゃんと虫取りしてこんね!!」
「…じゃっどん、流迦ちゃん、ぐらしかよ。ないしとうね…」
僕は恐る恐る、これだけ言うのが精一杯だった。
「たははは、げんねがとこ見られたばいね…流迦がやっせんこと言いよるき、ちいっとがっとったがよ…ほれ、流迦。立たんね」
泣きながらザックに二人分の弁当を詰める流迦ちゃんに、僕は何を言っていいのか分からなかった。ただ僕が『いい、今日は帰るよ』なんて言えば、流迦ちゃんは叔父さんと二人で長い日曜日を過ごさなければいけなくなる。それだけは、嫌だった。
「流迦ちゃん、行くが!」
僕は流迦ちゃんの手を引いて、玄関を飛び出した。
一旦僕の家に寄って、虫かごと網を置いてくる。
「…使わんの?」
「今日は虫とり、よすが」
流迦ちゃんが、あまり虫とりが好きじゃないことは知ってた。だから僕は、泣いている流迦ちゃんに少しでも元気になってほしくて、女の子が好きそうな遊びに変更することにしたんだ。
…この日、流迦ちゃんの部屋で目にした光景…千切られた手紙の山、激怒する叔父、静かに涙を流す流迦ちゃん。
子供だったから。そんな理由で済まされない。よく考えれば分かったはずだ。
でも僕は、帳の向こうに透けて見えた現実を、思い込みでねじ伏せた。それどころか、小さかった僕の妄想は、周囲の思惑を全く考えようともせず、自分1人を正義のヒーローに仕立てて、完全に先走っていた。
――叔父さんが流迦ちゃんをいじめるなら、僕が流迦ちゃんを守る。
そして僕が導き出した結論は、考えうる限り最悪のものだった。
「蓮華の川原で、結婚式せんね。僕と流迦ちゃんの」
今でも、あの瞬間を覚えている。
流迦ちゃんの顔から、ふっと表情がなくなった、あの瞬間。
歪んだのでも、哀しく微笑
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