第百十二話 東西から見た信長その十
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「あの」
「何だ」
「はい、今宵もかなり飲まれましたね」
「殿が馳走して下さった」
赤らんだ笑顔でその美女に述べる。
「それでだ」
「左様ですね」
「うむ。それで船よ」
兼続は美女の名前を呼んだ。彼の妻である。
「私のいない間家に何かあったか」
「いえ、何も」
船はその整った顔を微笑まさせて答えた。
「ありませんでした」
「そうか。それは何よりだ」
「はい、それでなのですが」
今度は船から夫に対して言ってきた。
「今宵はどうされますか」
「もう寝る」
兼続はこう答えた。
「そうする」
「では床を用意してありますので」
「共に部屋に行くか」
「その前にお水はどうでしょうか」
酔い覚ましと喉の渇きを癒す為のものだ。船は夫を気遣ってそれを出したのである。
「それを飲まれますか」
「そうだな、ではだ」
兼続も頷いて答える。そしてだった。
彼は妻が持って来てくれた水を満足している顔で飲む。妻はその夫に対してふとした感じでこのことを尋ねた。
「ところで謙信様には奥方がおられませんが」
「毘沙門天を信じていると妻帯は駄目なのだ」
「はい、それでなのですが」
「跡継ぎのことか」
妻がいなくては子がいる筈もない、謙信は側室の一人もいない為子が一人もいないのだ。
それで跡継ぎの話になる、船は夫にそのことをそっと尋ねたのである。
「既にそれは決まっている」
「そうなのですか」
「景勝様だ」
謙信の姉の子だ。彼が事実上の嫡子である。
その彼が謙信の跡継ぎだというのだ。
「あの方に決まっている」
「それならいいのですが」
「跡継ぎの話は厄介だ」
兼続は水を飲みながら暗い顔で述べた。
「一歩間違えるお家騒動の元だ」
「そうです。ですから」
「それはもう整えた」
問題がない様にしたというのだ。
「無事な」
「そうですか」
「お家のことを気遣ってくれているのだな」
「僭越ですが」
こう前置きして言う船だった。
「女の身で過ぎたことを申しました」
「いや、よい」
兼続は微笑んで妻のそれをよしとした。
「そなたはお家のことを想ってくれている。邪心はない」
「だからですか」
「これからも頼む」
妻にこうも言った。
「色々と助言してくれ」
「では僭越ならば」
船も畏まって夫に答える。
「そうさせてもらいます」
「頼むぞ。ところで真田幸村という男だが」
「武田家の」
「知っているか」
「名前は聞いております」
「そうか」
「あの御仁は確かあなたと」
船は夫の顔を見ながら幸村について語る。
「違ったでしょうか」
「その通りだ、川中島ではじめて会った」
そして刃を交えた、それ以来の相手だ。
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