第百十二話 東西から見た信長その八
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「自ら将軍になることはありません」
「あくまで公方様の後ろにいる」
「そうした立場になりますか」
「それが甲斐の虎です」
つまり信玄は権威には抵抗できないというのだ。
「そして私もです」
「殿もですか」
「甲斐の虎と同じなのですか」
「公方様は天下を統べられる方です」
これが謙信の考えだった。
「だからこそです」
「それを害してはならない」
「そういうことでありますか」
「そうです。私は幕府の、そして天下の剣です」
謙信は今確かな顔で確かな声で言い切った。
「毘沙門天の加護は正義の為にあります」
「義以外に剣は抜いてはならない」
「決してですね」
「その通りです。上杉軍は降魔の軍」
これもまた謙信の考えである。
「天下、正義の為に使うものなのです」
「では殿」
宇佐美がここで主に言ってきた。
「我等が動く時は」
「そうです。攻めるのはあくまで天下の為にならぬ者」
謙信の考えでは信玄も北条氏康もそうなる、ただ一向宗は向こうから攻めてきてその都度退けているのでまた違う。
「そうした者だけです」
「それではですね」
「我等は」
「そうです。今は剣を研ぐのです」
戦うのではなくそうするというのだ。
「それでいいですね」
「わかりました。して殿」
斉藤がここで謙信に言ってきた。
「織田からの贈りものですが」
「また来たのですか」
「どうされますか」
「確か茶器でしたね」
謙信は既に信長からの贈りものが何だったのか知っていた。その目で見ていないが聞いて知っているのだ。
「そうでしたね」
「左様です」
「尾張の蛟龍は無類の茶好き、数奇者と聞いています」
「その様ですな」
「その者が私に茶器を贈ってきますか」
「これはどういうつもりでしょうか」
「そうですね」
謙信は盃を手にしたまま微笑んだ。龍と呼ばれているとは思えないまでに優しい笑みだった。これもまた謙信の笑みである。
「私に茶を飲み」
「茶を飲み、ですか」
「養生せよというのでしょう」
「その意味があるのですか」
「茶は薬でもあります」
明では古来からその意味でも飲まれてきた。それだけに茶は昔から尊ばれてきたのである。
「私に酒の他に茶を飲む様にし」
「養生せよという考えですか」
「そうなのでしょう。そうですね」
謙信はその笑みで言う。
「受けましょう」
「受けられますか」
「尾張の蛟龍とは一度飲んでみたいものです」
謙信の笑みはそのままだった。
「ですから」
「織田信長とですか」
「はい」
「確かあの者は酒は」
「ですから茶をです」
言いながら飲むのは酒のままである。だがそれでも茶について言うのだ。
「それを飲みます」
「そうされますか」
「甲斐の虎
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