第一幕その五
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第一幕その五
「私は男爵です」
「ええ」
言うまでもなく爵位では一番下である。
「それに田舎者ですし」
「そんなに卑下されなくとも」
「己の分際をわきまえているということです」
それもまた貴族である。厳然とした階級社会なのだ。
「ですから家柄は別に気にしてはいません」
「それはいいのですがそれだけではありませんので」
「彼女の年齢ですか」
「そうです。まだ」
夫人は言う。
「十五歳ではないですか」
「ええ。そして私は三十五歳」
かなり開いていると言わざるを得ない。
「しかも修道院から出たばかりではないですか」
「そうです」
「いささかまだ。無理があるのでは」
「ですが奥様」
ここで男爵はしっかりと夫人に顔を向けて述べてきた。
「お言葉ですがそれは多くの御婦人方も同じこと。そして貴女も」
「ええ。それはわかっています」
それは否定できない。多くの貴族の娘が彼女と同じ様な境遇で妻となっているのである。それは彼女もよく知っていた。公爵夫人として。
「しかもです」
夫人はさらに言う。
「このホーフに宮殿を持っておられて」
「はい」
ホーフとはウィーンの街のことである。
「ヴィーデンには家を十二軒も」
「その通りです」
ウィーン郊外のことである。
「しかも一人娘。いいお話だとは思いますが」
「だからなのです」
声に少し好色さと粗野さが見られた。同時に気品も混ざっているが。
「私もまた。あっ、ちょっと」
ここで男爵は不意にオクタヴィアンが化けたメイドに声をかけるのであった。狙っていたのは言うまでもない。
「チョコレートとココアを下げるのは」
「もう冷えていますので」
夫人が彼に言う。
「ですから」
「申し訳ありませんが」
男爵はその夫人に顔を戻して述べる。
「実は私はまだ朝を食べていないのですよ」
「でしたら後でパンでも」
「それもいいですがやはりここは」
「チョコレートがお好きで」
「大好きです」
本当に好きらしい。子供みたいに無邪気な笑顔を見せてきた。
「特に領地の家の者や農民達に与え共に食べるのが最高です」
「そうなのですか」
「緑にか困れそこで農夫の姿の彼等とですな」
どうも領地ではそれなりにいい領主であるらしい。
「そこで採れたワインもハムも共に食べるのです。これがよいのです」
「それはそれで美味しそうですね」
「ウィーンもいいですがレルヒェナウもまたいいものです」
さりげなく自分の領地の宣伝もする。
「是非一度おいであれ。それでは」
そう言ったあとで半ば強引にチョコレートとココアを拝借する。食べ方は少し荒っぽい。
それを腹に入れながらやはりオクタヴィアンを見る。そうして彼女、いや彼に囁くのだった。
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