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或る皇国将校の回想録
第二部まつりごとの季節
第三十話 国家安全保障談合
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皇紀五百六十八年五月八日 午後第五刻
皇都 星湾茶寮内 奥の間 
〈皇国〉陸軍中佐 馬堂豊久


 ――あかん。
 全身を強張らせた馬堂豊久の脳裏に極めて短い一文が浮かんだ。
――西原と駒城だったら反宮野木という共通点はあるが、安東は統一した方針は執れていない。安東吉光兵部大臣を代表とする現実主義派は他家に可能な限り出兵を行わせ、東州軍には戦略資源を産出し工業地帯としても復興を成し遂げつつある東州の守りに専念し、龍州防衛の策源地として兵部省から公費の投入を行うべきだと主張していた。
 これは兵部省や東州鎮台に居る安東家の分家、陪臣が中心となって主張している。
――これはまだマシな方だ、東州の工業力を伸ばし、温存できれば東海洋艦隊の増強も望め、敵の消耗が著しくなったら再反攻の際に東州を策源地とすることも不可能ではない。駒州軍を筆頭に内地の軍に消耗を強いることになるし、〈帝国〉相手に龍州の防衛線を長期的に維持できるかという見通しが楽観的に過ぎるが安東家最良の軍政家であり調整家である安東吉光が可能な限り安東家に利する形で国防戦略を練ったと云う事だ。
――だが、もっとマズイのが安東の奥方を中心としたいわゆる海良派だ。
こちらは東州軍を温存する事は同じだが、四将家を中心とした陸軍主力の攻勢によって双方が消耗したところで〈皇国〉の主導権を握ろうと云うものであった。これは、安東家の体力が低下している事を考えたら、けして不自然なものではない。この時点で早期講和を目指しているのだろう。だが常識的に考えたら北領から再び殴りかかられるか事実上の属国になるかのどちらかしか選択肢がない。安東家も漸く立て直した家産が公爵家という名義ごと崩壊するのは間違いない。
 これが厄介なのは安東家の当主である安東光貞が方針を決めかねている事である。元々、駒城保胤と馬が合った人当たりは良く温厚な人格であるのだが、保胤にもその傾向はあるが、保胤以上に優柔不断であり、本人は自身の叔父が打ち出した方針に賛成しているのだが奥方への情と東州復興に関する実績が邪魔をして明確に否と云う事が出来ないことである。

改めて海良末美に視線を送る。
――即ち、現在のところ安東家内でも東州軍の消耗抑制しか方針は一致しておらず、実務派の軍人・官僚達と政局における政争を中心に安東家の立て直しに携わってきた者達の間で方針の対立が起きているのである。この海良大佐は家柄だけではなく、実務を通して確と実績を得た事で執政府内に影響力を築いている秀才だ。兵部大臣とも関係は悪くない。
だが姉である東州公爵夫人に忠実であり、彼女の派閥における実務家として評されている。

――どちらだ?どちらに味方をするつもりだ?無論、どちらも駒州にとって好ましいものではない。だが、落としどころを探るとしたら兵部大臣の方が長
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