疑念の夜
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疑念の夜
右手の戦斧《トマホーク》は0.25Gの軽重力下にあっても、まるで通常の重力下であるかのように、その重みをフロルに感じさせていた。ともすれば、その手が震えそうになるのを、フロルはなんとか抑えている。
構えた刃先を向けている男が、いったい誰なのか。フロルにプレッシャーを与えるのは、その事実だった。
??ラインハルト・フォン・ミューゼル。
「卿は薔薇の騎士連隊か」
ラインハルトは、フロルに向かってそう言った。無論、フロルは正式な薔薇の騎士連隊ではない。彼は少しばかりの期間、薔薇の騎士連隊の中で教練を受けただけであり、よくいって準隊員というところである。
だが、それを指摘することはない。
薔薇の騎士連隊の名は、それだけで敵に威圧感を与えるからである。だが、それがラインハルトに有効であるのか、甚だ疑問ではあったが。
「まぁ、そんなところだ、准将殿。中佐が相手では不満かもしれんが、付き合ってもらうぞ」
相手が、あのラインハルトであるというだけで、フロルは舌が縺れるような緊張感を感じている。彼の手にある戦斧を、果たして今まで彼が繰り返してきたように、思うがままに操ることが出来るのか。
だが同時に、フロルは考えていた。
ここで、ラインハルトを殺せば、自由惑星同盟が滅亡することはなくなる。
ヤン・ウェンリーが惨めな死を迎えることがなくなる。
そして、イヴリンが??
「もらった!」
フロルの戦斧は正しく彼の望むような曲線を描くはずだった。鋭く構えたそれが、体勢の崩れたラインハルトの急所に、吸い込まれるように届くはずだった。
しかしヘルメットの奥の、ラインハルトの顔は微塵も怯えを見せていなかった。
その姿勢からでは、その右手の戦斧を振るうことも適わない。
ラインハルトにできることは、振り下ろされる死に神の鎌ならぬ斧がその身に届くまでの短い間、ここにはいない神への祈りを捧げることだけだったろう。
にもかかわらず、ラインハルトは、まったく怯えていなかった。
その蒼氷色《アイスブルー》の瞳が、鋭く雷のような光を放ち、フロルを貫いていた。
まるで、自らが死ぬことなど欠片も怖くないように。
自らが死ぬはずがないと、確信しているかのように。
「ラインハルト様!」
その声は、ヘルメットを貫いてフロルの耳に届いていた。
焦ったようなその声。
鋭いキルヒアイスの声だった。
「駄目ッ!」
その声に被さった言葉は、フロルの親しんだ声色だった。
イヴリンの声である。
悲痛な、叫びの声。
フロルは後ろを振り向いた。
そしてそこにキルヒアイスの姿を見た。
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