疑念の夜
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けが、心配だったのである。
「そんなことありませんわ!」
だからこそ、その思考を読み取ったフレデリカの否定は、声が大きかった。
自分が上げすぎた声量に肩を竦めながら、フレデリカは小さく一呼吸して、優しく微笑んだ。
「ヤン准将とは、是非お話したいと思っていましたから」
「はぁ、それは、なんというか、光栄です。クリスマス・パーティー以来でしたからね」
「ヤン准将は、エル・ファシルを覚えていますか?」
ヤンは苦笑いを浮かべた。
「ええ、もちろん。あれ以来、私の人生はおかしな方向を向いてしまって、未だに苦労しています。偉くなるもんじゃ、なかったってね」
ここに来て、フレデリカはようやく落ち着きを取り戻していた。何度も思い出した記憶を、そして伝えたかった言葉を、フレデリカは口にしようとしていたからだ。
「私もあの時、母と一緒にエル・ファシルにいたのです。母の実家がそこにありましたから。食事をする暇も碌になくて、サンドイッチを囓りながら指揮をとっていた若い中尉さんの姿を、私ははっきりと憶えています。でも、そのサンドイッチを咽喉《のど》に詰まらせた時、紙コップにコーヒーを入れて持って来た14歳の女の子のことなど、中尉さんの方はとっくに忘れておいででしょうけどね」
語りながら浮かべた笑みは、朴念仁のヤンをして、息を呑ませる美しさがあった。
「……」
「そのコーヒーを飲んで、命が助かったあとで、何とおっしゃったのか、も」
「何と言った?」
「コーヒーは嫌いだから紅茶にしてくれた方がよかった、って」
「それは??」
ヤンはまた弁明しようとして、勝ち目がないことを悟った。
「申し訳ない。だけど、噂に違わぬ記憶力だね、中尉は」
「『フレデリカ、でいいですよ、中尉さん』……あの時は、本当にお世話になりました」
ヤンは困ったように、頭に右手を伸ばし、握ろうとした軍帽がないことに気付いた。結局宙を彷徨った手は、頭をかくことに落ち着く。どんな表情をすればいいのか、ということに悩みながら、声をかけようとした瞬間、ウエイターが近寄ってきた。無闇に手を上げたヤンの挙動を、勘違いしたのである。
「お呼びでしょうか」
ヤンは己の困った右手を見てから、ウエイターに言った。
「あ、ええっと、そうだな、シャンパンを適当に見繕ってくれないかな。私と、彼女に。それでいいかな、中尉」
「ええ、私は構いませんわ」
ウエイターは丁寧に頭を下げて、テーブルを去った。
少しの間を置いて、ヤンは言葉を続けた。
「あの時の作戦は、謂わば味方を囮《デコイ》に利用した奇手だ。味方を使って自分の脱出を図ったのだから、本来は褒められるような類いのものじゃない。そもそも民間人を置いて逃亡を図ったのも同盟軍なんだから、私のやったことは民間人
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