疑念の夜
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らを話しかけようとしているのだが、何についてまず言及しなければならないのか、悩んでいるという様子だった。
そもそもヤンは女性との経験が非常に少ない。
28歳になるまでそれなりに女性との接点はあったのだが、それは主にエル・ファシルの英雄になってからの話である。士官学校時代には、当時の士官候補生全員のアイドル、ジェシカ・エドワーズと図らずも交友を持っていたが、それも友人という範囲を超えたわけではない。
あるいは、ヤンはそういう感情を抱いていたのかも知れなかったが、それを認識するほどヤンの恋愛方面に対する感受性は豊かではなかったので、今となっては本人にもわからなかった。
軍人として不本意ながら名声を得てからは、これまた不本意ながら多くの女性からのアプローチを受けたヤンであったが、それを快く受けるほど真正直な人間ではなかった。それはヤンの持つ英雄というネームバリューに対してであって、ヤン本人を対象とした恋慕ではないと考えていたからである。 女性に対してなんの欲求もないというわけではなかったが、彼はそれよりも食欲や睡眠欲や知識欲が上回っていた。淡泊、という他ないものだったが、女性と付き合ってそれに気をかけるという面倒を負いたくなかったという物臭な一面の発露とも考えられただろう。
キャゼルヌあたり訊けば、そう答えるに違いない。
だから、ヤンは唐突にフレデリカ嬢と二人っきりで夜のディナーを共にするという事態に混乱していたのである。周囲の目線が、しばしばこちらに向けられることにヤンは気付いていた。好意的に考えれば、フレデリカ・グリーンヒルの健康的で凛とした美しさに目が奪われているのかもしれなかったが、レストランの窓際という上席に座ったカップルの片割れが、あのヤン・ウェンリーだと気付いた者もいたことだろう。
それがまた、ヤンを憂鬱にさせるものだった。
??きっとこれで、明後日のタブロイド紙には<ヤン・ウェンリー、ホテルでの密会>だなんて低俗な見出しが躍ることになるわけだ。
「やはり、帰りましょうか?」
そんな憂鬱を顔に出していたのだろうか、声をかけたのはフレデリカの方であった。
「あ、いや、そんな、別に中尉とのディナーが、どうこうというわけではないんだ。それは勘違いしないで欲しい。いや、ただ、あの、突然だったから」
「そうですわね」
慌てたように言い訳じみた言葉を紡ぐヤンに、フレデリカはくすりと笑った。
「私は、フロル先輩にレストランのディナーチケットがあるから、行ってこい、と言われたんだ。自分は仕事があるから、と。カリンちゃんと一緒にディナーをして欲しい、と言われていたんだが」
ヤンは弁解をしながら、そのことを思い出していた。電話が来たのは、唐突に昨夜のことである。フロルから、急いでいる様
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