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【旧】銀英伝 異伝、フロル・リシャール
疑念の夜
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 大上段に構えられたその戦斧は、もう何をしても手遅れの位置にある。次の一瞬で、フロルの頭をその炭素クリスタルの刃が斬り砕いているだろう。

 いや、いたはずだった。

 イヴリンが、フロルとキルヒアイスの間に、割り込んでいなければ。

「やめろ!」
 
 フロルの叫び声は、しかし遅すぎた。
 その声と、フロルの視界を血が覆ったのは同時であった。

 嫌な音を立てて、体が崩れ落ちた。
 まるで糸の切れた人形のように、崩れ落ちた。
 その音が、フロルの耳に残った。
 
 フロルは、左手でバイザーの血を拭った。
 右手の戦斧は、既にない。

「イヴリン……?」
 フロルは、横たわったイヴリンに歩み寄る。
 イヴリンは、微動だにしていない。

 フロルは膝を突いてその体を抱き起こす。
 イヴリンの髪が、その橙色の髪が力なく広がった。
 その香りが、フロルの鼻をかする。

「イヴリン!」
 彼女は既に死んでいた。

 その目は力なく開き、碧色の瞳が開いている。
 口は痛みに耐えるように、閉じられていた。

 フロルは、両手にかかる重みが、理解できない。
 フロルは、それがいったいなんであるか、理解できない。

??理解、したくなかった。

 声を出そうとして、声が出ない。
 イヴリンの流した血の赤色が、わからない。
 
??どうしてこんなことになったのか。

??どうしてイヴリンが血を流しているのか。

??どうして、誰が??

 フロルは顔を上げた。
 温度を失いつつある体を抱きしめながら。

 豪奢な皇帝の礼装に身を包んだラインハルト・フォン・ローエングラムがフロルを見下ろしている。


「ラインハルトぉぉぉ!」


 叫び、飛び起きてすぐに、荒い呼吸と心臓の拍動を自覚した。
 胸を掻きむしるように、寝間着を握りしめる。
 寝汗が服を濡らしきっていた。
 
 瞼の裏に残っている赤い血の色が、フロルには忌々しかった。
 イヴリンの死に顔が、フロルの胸に激痛を与えている。
 ベッドサイドのナイトテーブルに手を伸ばす。時計は、午前3時11分を示していた。
 
 初めて見た悪夢ではなかった。
 それどころか、何度見たかわからぬ悪夢である。
 種類はいくらもあった。自身が死ぬ夢、イヴリンが死ぬ夢、ヤンが死ぬ夢、カリンが死ぬ夢……誰もが死んでいく夢であり、そしてそのどれもがラインハルト、あの政戦両略の天才によって殺されていく夢なのだ。
 
 フロルは4度、戦場でその姿を見て、捕らえんとして、そしてそれをなし得なかった。
 今度こそ、仕留めたと思ったことも一度ならずある。
 だがその全てを、あの常勝の天才が上回っていったのだ。

??格が
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