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【旧】銀英伝 異伝、フロル・リシャール
歯車の軋み
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空虚な疲れが見えたのは、フロルの錯覚ではなかっただろう。彼女は数時間前、あわや死を迎えようとしたのだ。そのストレスが、衝撃が、プレッシャーが、彼女の精神にどれだけの負担を強いたか、考えが及ばぬはずがなかった。
「ごめん、イヴリン」
「私ね、死ぬかもしれない、って思った時、助けて、フロル、って祈ったの。そしたらあなたが、第5艦隊が駆けつけてくれた。どんなに嬉しかったか、フロル、あなたにわかる?」
「俺は……」
 フロルは絶句した。
「でもね、私知ってるのよ? あなたがギリギリに駆けつけたのは、わざとだったってことも」
 イヴリンは表情を暗くした。
「第5艦隊に移ってから、すぐに艦隊行動記録を見たわ。普通の人が見れば、なんの疑いも抱かなかったでしょうね。でもフロルを知ってる私ならわかる。ねぇ、フロル、なんであんな遠回りをしたの?」
 その問いは、恐れていた問いだった。
 そしてこんなにも早くそれに気付くイヴリンは、無能とはかけはなれた軍人だったのだ。フロルは視線をイヴリンから落とす。言葉は口から出ない。喉が、まるで詰まっているように、息苦しく、そして胸の痛みは広がるばかりだった。
「それがわからなくってね、戦闘後の躁も重なったのね、混乱しちゃって、私、もうどうすればいいのかわからなくなったわ。でも、今ならわかる」
 フロルは顔を上げた。
「あなたは軍人なのね。私も同じ。だから、きっと勝つためには情を捨てられるのよ。私はあなたの戦闘記録を全部覚えている。あなたが何人の敵兵をその手で葬ってきたか。あなたの艦隊指揮で、いったいどれだけの敵兵が死んでいったか。そして、私も軍人。その責任は私も負っているのよ」
 イヴリンの右目には、涙があった。それは、星の煌めきのように白く、光って、ゆっくり流れ落ちた。
「だからわかる。あなたは勝つために、あれをしたんだって。あなたほどの優秀な人なら、きっとそうしたんだって。だから私の命も、グランド・カナルの乗員の命も、運命の天秤にかけたんだって」
「……許してくれ」
 それはようやく捻り出した言葉だった。
「許さないわ」
 イヴリンの答えは簡潔だった。
「だけど、それでもいいと思ったの」
 イヴリンはそっと体をベットから起こした。フロルの握った右手はそのまま引き寄せられ、フロルはイヴリンに抱きしめられた。
「私、あなたのためなら死ねるわ。ええ、あなたのためなら、いくらでも死んであげる。昔はあんなに可愛かった自分のことよりも、あなたのことが愛しいのよ。不思議よね。誰よりも私が不思議だわ。でも、きっとこれが愛しているってことなのかもしれない」
 フロルは既に泣いていた。声もなく、イヴリンの懐で泣いていた。そして、そっと体をイヴリンから離した。イヴリンを見れば、彼女も泣いていた。
 二人とも、泣い
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