グランド・カナル(下)
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した。だが、それでも物資調達が間に合わなかったことに少なからず責任を感じていたのである。もっとも、すべての軍務がキャゼルヌに来ていたわけではなく、本来ならば違う中将がその職責を問われるはずだった。だが、イヴリンはその筋を通すために自ら処理を買って出たのである。
??なんだか、後片付けばかりしてる気がするわ。
キャゼルヌはそれに大層恐縮していて、実際病院で一緒に仕事を処理してくれていたのだが、もう一つ、イヴリンは目的がある。
これはあくまでついで、の類だったが、自分の男であるフロル・リシャールが前線にいることを知っていたのだ。既に半月以上会っていないことに、イヴリンは不安を感じていた。電話こそしていたが、やはり実際に会いたかったのである。それはイヴリンがかつて男に捨てられたことで形成されたトラウマのせいだったかもしれない。
だが俄に情勢が危うくなって来たのは出発直前だった。キャゼルヌなどには強く引き止められたが、それは彼女の軍人としての矜持が許さなかった。与えられた職責を途中で投げ出すことは、耐えられなかったのである。
そして現状に至る。今、約千隻の輸送艦を率いた駆逐艦グランド・カナルは、通常航路をわざと外れながら、可能な限りの速度で進んでいた。既に他の護衛艦と離れて4日が経っている。日付は2月6日になっている。敵との遭遇が史実より遅くなっていた。それにはイヴリン・ドールトン大尉の存在が関係ある。彼女は一級航海士の免許を有しており、その技量と頭脳は大いに役立って遭遇を免れていたのだ。
だが味方との合流にはまだ三日弱かかるだろう。
敵艦と、いつぶつかっても、おかしくはなかった。
「ドールトン大尉、あと数日だ」
「はい」
イヴリンは手すりを握る手に力を込めた。汗が滲む。明らかに巡航艦のクルーの緊張が高まっていることに気付いていた。警戒空域に入っているのだ。タンクベットで睡眠をとっても、緊張はとれない。彼女の疲労は限界に近づきつつあった。
「大尉」
フェーガンはイヴリンに声をかけた。フェーガンも緊張していたが、自分より緊張しているイヴリンを見て、いくらか冷静さを取り戻したのである。人は自分より過剰な感情を抱いている者を見て、冷静になる。フェーガンは、この美人士官に格好付けようと思ったのだ。
「私は家族がいる。息子は今度プライマル・スクールでね、娘は幼稚園だ。私は軍に入ってもうすぐ30年になる。だが、こんな私でも、今まで生き残って来た。大丈夫だよ、ドールトン大尉」
イヴリンは人の良さそうなフェーガンが自分を励ましてくれていることに気付いていた。彼女はその親切が嬉しかった。笑みを浮かべる。
「ありがとうございます」
「ドールトン大尉は、お相手がいるのかな」
「……実は、第5艦隊に」
「そうか、では会えるな」
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