帰郷
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甲で拭き取って、もう一度大きく頷いた。カリンは心優しい。きっと、将来は軍人にならないで、もっと幸せな人生を送ってくれるだろう。
フロルは自分が握る少女の手の暖かみを感じながら、そんなことを考えていた。
「久しぶり、フロル、それにカリンちゃん」
フロルの実家近くの駅で、二人を出迎えたのはアンナ・リシャール、フロルの母親だった。彼女は改札から出て来たフロルとカリン、エリィを見ると元気そうに手を振った。
「久しぶり、母さん」
「お久しぶりです、アンナお母さま」
フロルとカリンはアンナと抱き合って再会を祝した。フロルはしかし、アンナの体の小ささに内心で驚いていた。昔はあれほど豊かであった体格も、老境に差し掛かって衰えを見せていた。明らかにフロルの両親は、フロルより先に死ぬのだ。そのことが幸せとは思わない。だが、前世のように両親を残して子が死ぬよりはマシだったろう。
優しく輝くような笑顔は変わっていなかった。
「あの人も家で待ってるわ」
アンナは笑顔のあと、顔に憂いを混ぜてそう言った。フロルの父親、レイモン・リシャールが家から出てこないということは、いよいよイザベルも容態が悪いのだろう。
「アンナお母さま……イザベルは……」
「老衰らしいわ。苦しまずに、逝けるだろうって」
「それだけが、救いだな」
フロルは駅前で全自動の地上車を呼び止めながら、呟いた。
「父さん、久しぶり」
「フロル、元気そうだな。お嬢ちゃんも、前よりふっくらしたな」
レイモンはそう言って小さく笑ったが、力がない。彼も、家族の死が近いことを悲しんでいたのだ。イザベルは犬だったが、確かにリシャール家の一員だった。
通された居間には、タオルケットに力なく横になったイザベルの姿があった。微かに蠕動するお腹が、彼女の生存を辛うじて語っていた。
フロルは静かに膝をつき、イザベルの体を撫でた。隣にカリンもやってきて、じっとイザベルの顔を見ている。カリンの横にはエリィが歩いてきて、最初カリンの暗い顔を心配そうに見ていたが、自分の母親に近寄って来た死の匂いを嗅ぎ付けたように、鼻をイザベルに近づけた。
その瞬間、ぴくりとも動かなかったイザベルの顔が動いた。微かに目を開ける。白く濁りかけた瞳が、フロル、カリン、そしてエリィを見極めたかどうかは彼らには知りうるべくもない。だが、確かに、小さく一声、吠えたのである。
その様子をそこにいたすべての人間の一匹の犬が見つめていた。
「イザベル、穏やかにおやすみ」
フロルは静かに、動かなくなった愛犬の目蓋を閉じた。午後5時34分、夕日に辺りが赤く染められた部屋の中で、イザベルは永遠の眠りについた。
ひとしきり、カリンが泣いて、泣いて、泣き疲れて眠った頃、アンナは
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