狐を罠にかけろ(上)
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はヤンも記憶するところであった。そのワイドボーン大佐は参謀長としてラムゼイ・ワーツ少将分艦隊に配属されていたが、2週間ほど前、同盟艦隊を悩ます”小賢しい敵”によって敗北を喫していた。常識外の中央突破戦法で、密集したほぼ同数の敵を半包囲しようとしていたワーツ分艦隊の中央を攻め込み、旗艦は中破。指揮が混乱したところを手酷くやられたそうである。だが敵の狙いに寸前で気付いていたらしいワイドボーンは半包囲を即座に中止していたため、戦死は免れたようだった。フロルはそれを聞いた時、小さく溜め息を零した。自分の介入で、また死ぬはずの人間が生き残った。だが、これがどのように影響を及ぼして行くのか、彼には予測がつかなかったのである。
「ワイドボーンは瀕死の重傷らしい。後方に回された」
「ええ、まぁ、そうでしょうね」
ヤンはもっともらしく頷いていたが、それはワイドボーンではなく、それを破った敵に対しての肯定だった。あの艦隊は誰が指揮しているか、彼はまだ知り得なかったが、その戦術的手腕と艦隊運動の見事さはヤンも大いに認める所だったのである。ワイドボーンあたりの硬直した頭では、柔軟に対応できるわけもない、と考えていた。
「二日前にはまた違う艦隊がやられたんだろ?」
「ええ、キャボット少将の高速機動集団がこれまた上手い側背攻撃にやられて、壊滅しました」
「なかなか、敵さんもやるな」
フロルは無論、それがラインハルト・フォン・ミューゼル少将の仕業だと気付いていた。今、この同盟遠征軍の中で、誰よりもこの”小賢しい敵”を重視しているのは、フロルと言って差し控えなかった。彼はできることなら、ここでラインハルトを亡き者にしようと企んでいた。このあと、ラインハルトが致命的なミスを犯すことがない、と彼は知っていたからである。そしてここでラインハルトを斃せば、同盟が帝国に飲み込まれずにすむと確信していたのである。この世界に、ラインハルトほどの男は他にはいない。彼を失えば、帝国はこのまま惨めな衰弱死に向かって進み続けるのだ。
「ヤン、どう思う?」
「……フロル先輩、もしかして相手をするつもりですか?」
「当たり前だろう!」
フロルはにやりと笑った。彼は温和な顔立ちだったが、この皮肉げな笑いをする時だけはまるで別人のように見えるのである。そしてそれは、人には言えない悪戯や児戯をする時に現れることを、ヤンは気付いていた。
「まぁ、フロル先輩なら簡単にはやられないでしょうが」
「だが、俺も勝てるとは思っていない」
ヤンはフロルの言葉に驚いたように、フロルの顔を見た。フロルは複雑な人格を内包した男であったが、自分の軍事的才覚には揺るぎない自信を持っている、とヤンは思っていたからである。もっともそれはヤンの買い被りというところで、フロルは未来を知っている、という
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