平穏の終わり
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である。彼にとってカリンは大切な娘も同様。態度には出さぬよう努力していたが、溺愛もいいところなのである。
「そういえば、じゃが」ビュコックが思い出したように言葉を繋げる。「セレブレッゼ中将は退役を希望しとるらしい」
「退役、ですか」
やむなきこと、かもしれない。前回の戦闘において、彼はかなり消耗したようだった。これ以上戦争に関わりたくない、と思うのは正常な感情なのである。
「うむ、上層部は必死に慰留しておるが、遅かれ早かれそうなるじゃろう。おかげでおまえさんと仲がよかった、……ほれ、大佐の」
「キャゼルヌ大佐ですか?」
「そうじゃ、あれに仕事が行っての。この作戦のあと昇進するそうじゃ」
「はぁ」
これは既にキャゼルヌに聞いていたことである。
「今回の所属は分艦隊じゃから、旗艦にはおられん。どうにもおまえさんの紅茶を飲むことはできんな」
「恐縮です」
フロルは口を斜めにする。そういえば、ビュコックのもとではお茶汲みがかりしていたのを思い出したのである。あれから一年、彼の階級は大佐になっていた。順調、といえるものではなかったが、着実に昇進していたのである。
フロルは手みやげを持ってこなかったことを後悔した。カリンが焼いたクッキーでも持ってくれば、と思ったのである。
次の機会には、是非持ってこようと思いつつ、彼は第5艦隊司令官室を辞した。
フロルにとって唐突な出会いがあったとしたら、それはその日廊下ですれ違った女性士官であろう。その女性士官は少尉階級であったが、ヘイゼルの瞳と金褐色の髪を有する美人だったのである。いかにも士官学校出です、という覇気と自信を感じさせながら歩くその士官を見て、フロルは一目で誰だかわかったのである。
フレデリカ・グリーンヒル。
フロルはそれを見ながらも、声をかけることはしなかった。先方はこちらを知らないだろうし、いきなり声をかけてもナンパか何かと思われるだけだろう。だがフロルはその姿を目に焼き付けていた。もし、彼に可能なことがあるなら、早々にヤンに会わせてやりたい、と思っていた。フロルはヤンの色事に対する淡白さを認めてはいたが、それによって苦しめられる女性を看過はできなかったのである。フロルはこういう一種の女性優先視する思想があった。古き良き時代であれば、騎士道精神と言われるものであったろう。
ヤンの物好きに惚れ込んだ美人のために、一肌脱ぐくらいは、する男だったのである。彼はそんなことを考えながら廊下を歩き続けた。
向かう先はキャゼルヌの部屋。
心は近い未来を彷徨っていた。
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