涙と幸せ
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かもしれない。
「まぁ、それは仕方がないと言えば仕方のないことかもしれないが、困ったことにセレブレッゼ中将が病気療養に入ったせいで、彼の仕事が俺に回ってきたんだ」
キャゼルヌは表情に苦みを加えて、愚痴をこぼした。
「ほぅ、すると相対的に軍での地位が上がるのではないですか?」
「ああ、もしかすると、今年の第6次イゼルローン要塞攻略戦のあと、昇進するかもしれん」
「ほぅ、キャゼルヌ准将ですか」
「あまりありがたいとも言ってられないがね」
皮肉屋のキャゼルヌはそう言ったが、彼は着実にエリートの道を進んでいるのである。フロルはそれを素直に祝福した。フロル自身もまた、大佐という地位に昇進すると聞かされたのだから、これは一応喜ぶべきこと、という類のものだった。
だが彼らの地位は、敵と味方の屍の上に立っているのだ。軍隊とはそういう性質上、昇進を素直に喜べるものではないと言えるであろう。現にフロルは昇進、と聞かせれても、あのヴァンフリートで死んでいった者たちの顔が脳裏をよぎり、右胸が疼く思いをしていたのである。
フロルはキャゼルヌ家と別れ、カリンとともに家に向かうことになった。イヴリンは自分の官舎に一度戻るという。別れの時に、二人はここ数ヶ月ですっかり習慣となった別れのキスをしたのだが、そのあとになって横にいる小さな淑女の存在を思い出し、赤面した。だがそれ以上に不満だったのはそのカリンであったろう。彼女はほとんど無表情で、フロルの家に着くまで、無人タクシーの車内では一言も口を聞かなかったのである。
フロルは半年強ぶりに戻ってきた我が家を見て、一種の感慨を覚えた。数ヶ月前、彼はこの家の玄関でカリンと涙の別れをしていたのである。それが今は彼女に車椅子を押され、まるで葬送の行列のような重みのある沈黙が二人を包んでいた。
鈍感、唐変木と言われることのあるフロルであっても、この沈黙の意味はよく理解していた。恐らくこの繊細な少女は、自分の新たな家族が見知らぬ土地で、見知らぬ女と親しくしたことに立腹しているに違いない、とわかっていたのである。この場合、いささか複雑なのはカリンで、彼女はいったい自分が何に対して怒っているのか、それが漠然としてわからなかったのであった。理性的に考えて、自分の保護者であるフロル・リシャールは健康な20代の独身男性であり、成熟した女性との健全な交際に異常性は生じえないのである。だが彼女は何かにとても失望しており、さらには何かを恐れる気持ちが心にあったのである。
だが、それを読み取って、安心させるのはまさにフロルの仕事だ。
彼は車椅子を器用に動かし、お湯を沸かして、ポットと茶葉でもって、彼とカリンの分の紅茶を用意した。カリンはカリンで無言ながら冷蔵庫から、明らかに彼女お手製と思われる小さなチ
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