女の敵 (後)
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れは変わらなかった。彼は士官学校に入学したため、ほとんど男に囲まれた思春期を過ごしてきたものだが、甘党であるアッテンボローなどに言わせれば「驚愕に値する腕前」と称された。もっとも、それが女性に披露されたことは、この世では一度もなかったのだが。
「イヴリン・ドールトン中尉」
二人がやってきたのは、近くの喫茶店だった。まだ午前中のため、人もまばらである。フロルから見てもドールトン中尉は心ここにあらず、といった様子である。
(どうやらこれはやはりショックを与えなければならないだろうな)
「イヴリン、今回はおめでとう」
そう言ってフロルがテーブルに出したのは、彼が持ってきた見事なホールケーキだった。細やか装飾はもちろん、生クリームのきめ細やかさにまでフロルが気を使った、渾身の一作である。もしこのケーキを食べたことのあるアッテンボローなどが見たら、自然に唾液腺から分泌される液を抑えられなかっただろう。もっとも、イヴリンも唐突に目の前に出されたケーキを見て、ようやく意識を戻したようだった。それだけ見事なケーキなのである。
「え……このケーキ……何?」
「実は、俺が作ったんだ」
フロルは多少の照れを隠しつつ、それを明かした。ケーキ作りが趣味、というのは悪くない趣味だと、自分でも信じているのだが、ことそれを女性に言うのは心理的に壁が存在するのであった。
「……何が、おめでとうなの?」
「サローニ事件」
見事なケーキに目が移っていたイヴリンは、いきなり出てきた名にぎょっとしたように、目の前の男を睨んだ。
「君の無実が証明されたらしいじゃないか、おめでとう」
「……なんでそのことを知ってるの?」
しかも、彼女よりそれを先に知り得なければ、ケーキを作ってくることなどできないのだ。このケーキには憎たらしいことにも、『おめでとう! イヴリン!』と書かれたチョコレートプレートが刺さっているのだから。
「実は俺はちょっとしたコネがあってね、今回それを使ったんだ。君のことは前から知っていたし」
「あんた、何者?」
「フロル・リシャールだよ」
「……フロル……リシャール……」
イヴリンはその名を初めて聞いたように、口にする。
「君、本当はあの事件、無実じゃないんだろう?」
フロルは顔は穏やかなまま、鋭い目線でイヴリンを射抜いた。イヴリンは絶句する。そう、彼女が何よりも今回の無罪放免で驚いたのは、彼女は本当は無罪ではないことを知っていたからだ。彼女はあの男に利用され、口車に乗せられたにせよ、彼女自身の意志であの事件に関わっていたのだから……。
「あんた、いったい何をしたの?」
「あんたにとってサローニって男は、そんなにいい男だったのかな」
フロルは目線を外した。喫茶店の窓から、外を流れる
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