第五章
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「開いておりません」
「確かに突き刺さりましたが」
「穴は開いておりませぬ」
「目には見えません」
「何と、まことか」
それを聞いて最初に驚いたのは頼芸だった。明らかに動転している。
「穴は開いておらぬか」
「はい、間違いありませぬ」
「開いておりませぬ」
「ううむ、そうなのか」
頼芸はそのことをにわかには信じられなかった。それで自ら主の座から立ち襖に駆け寄った。道三が槍を持ったまま悠然と立っていることは目に入らない。
その道三をよそに己でも確かめる。するとだった。
「まことじゃ」
「ですな。穴は開いておりませぬ」
「確かに突きましたが」
「見事じゃ」
頼芸は思わず唸った。
「まさかやるとは思わなかったが」
「では殿」
道三は頼芸が振り向いたところでしてやったりという顔で主に言った。
「宜しいでしょうか」
「深芳野じゃな」
「はい、宜しいでしょうか」
約束は約束だ。それを果たそうというのだ。
「深芳野殿を」
「ううむ。仕方がない」
二人共その深芳野を見る。道三はしてやったりという顔のままだが頼芸は驚愕と共に落胆がある顔だった。それがそれぞれの顔だった。
その顔でだ。頼芸は言った。
「深芳野をやろう」
「有り難き幸せ」
「まさかのう。やるとはな」
頼芸はまた襖に顔を向けて言う。
「見事じゃ」
「そうですな。まさか果たされるとは」
「いや西村殿は凄い方です」
「ここまでのことが出来るとは」
「天下一ですな」
「天下一の御仁ですな」
土岐家の家臣達も唸る。道三のその力量に。
しかし見事深芳野を手に入れた道三は己の屋敷に戻ると腹心達にこう言った。言うことはやはり同じだった。
「あれ位はな」
「殿ならばですな」
「できますな」
「しかと見えておったわ。しかもじゃ」
「殿の槍の腕前なら」
「できましたな」
「後は信じることじゃ」
腹心達の前でもしてやったりという顔の道三だった。
「必ずできる、手に入れられるとな」
「深芳野殿をですか」
「そう信じることですか」
「己は絶対にできると信じることじゃ」
そうした意味で信じるということだった。道三が今言うことは。
「この戦国の世、そうおいそれと誰も信じることはできぬな」
「ですな。裏切りは常です」
「それもまた」
事実道三自身これまで数多くの裏切りもしてきて土岐家の中でのし上がっている。そしてこれからもそうするつもりだ。
その道三がだ。こう言うからこそ余計に説得力のあることだった。
「そうじゃ。だからまず、そして絶対に信じることは」
「己ですか」
「己しかありませぬか」
「わしはできる」
道三はこの言葉も出した。
「必ずな。そう思っておるからこそじゃ」
「果たせましたか
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