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銀河英雄伝説〜新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)
第二百五十五話 人を突き動かすもの
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ティーナはコーヒーを、俺はココアを飲んでいる。はて何かあったか? 機嫌は悪くなさそうだが……。
「何か有りましたか?」
「いや、昨日士官学校で妙な事を訊かれたのでな」
「昨日、ですか」
昨日は義父が士官学校で講話をしたはずだ。妙な事を訊かれたと言うのは学生に質問されたという事か。しかし妙な事? 宇宙艦隊司令長官まで務めた男に妙な事か……。一体何を訊いたのか……。義父は苦笑を浮かべている、必ずしも不快に思っているわけではない。ユスティーナに視線を向けたが思い当たるフシは無いようだ。
「妙な事とは一体どんなことを訊かれたのです?」
「それが若い頃と年を取ってからとでは戦争というものに対する思い、感じ方、やり方は違うのかと訊かれてな」
「なるほど……」
「本当ならお前に戦争とはどういうものなのかと訊きたかったのだろうな。だが講話に来るのは私やメルカッツなど年寄りばかりだ、それでそのような事を訊いたらしい」
「申し訳ありません、どうも御迷惑をかけたようです」
俺が謝ると義父が手を振って
「いや、迷惑では無い、気にするな」
と言った。
「しかし、私もそれは気になります。義父上は如何答えられたのです」
「知りたいかな」
「御話頂けるのであれば」
義父がコーヒーカップを見詰めている。そして“そうだな、話してみるか”と呟いた。
「若い頃は戦争に対して慎重で有ったな、年を取ってからの方が大胆になった、そう学生には答えた。不思議そうな顔をしていたな、それ以上は訊いてこなかったが……」
「分かるような気がします、逆ではないのですか、若い頃の方が大胆なのかと思いましたが」
俺の傍でユスティーナも頷いている。だが義父は首を横に振った。
「そうではない、若い頃は自分の立てた作戦、自分の指揮でどれだけの犠牲者が出るかと悩むものだ。もっと良い方法が有ったのではないか、犠牲を少なく出来たのではないかとな」
「……」
「年を取るとその悩みが無くなる、いや無くなるのではないな、悩みが小さくなる……」
「慣れてくる、そういう事でしょうか」
「そういう事だろうな」
「……」
義父がコーヒーを飲もうとして手を止めた。何かを考えている。
「……犠牲を払う事に慣れてくる。いや、そうではないな、鈍くなったという事だろう、犠牲を払う痛みを感じなくなる。しかし用兵家としては成熟したと言えるのだろうな。それだけ戦闘に集中できるし落ち着いて指揮を執れるのだから……」
「なるほど、怖い事ですね……、あ、失礼しました」
いかんな、つい口に出た。慌てて謝ったが義父は怒らなかった。
「いや、お前の言う通りだ、怖い事だな。損害が二千隻増えれば十万から二十万の犠牲者が出た事になる。しかし慣れてくれば“ああ二千隻か”と思うだけで済む。
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