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或る皇国将校の回想録
第一部北領戦役
第二話 敵は幾千 我らは八百
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事には変わりありません。そうなると偵察部隊の規模を考えると騎兵連隊を主力として強襲する可能性も――」
 延々と議論は続き、やがて策は固まる。大隊本部の将校たちはけして無能ではなかった。




「第二中隊が騎兵中隊と交戦して取り逃がしたのであれば、敵の本隊が我方により接近してくる事が確実です。
敵兵力は聯隊から旅団規模と予想します。
戦力差を埋める為には此処より北方約六里の側道にて夜間に伏撃し、
敵の指揮中枢を叩く事で相手を混乱させ――」
 戦務幕僚は決して無能ではない。
淡々と手堅いが自分達が生きて帰れないであろう作戦を立案し、大隊長へとほうこくしている。
彼がどれ程の覚悟で戦術を組んでいったのかを知っている馬堂大尉はこれが最善手に近いものであると理解しているが、それでもひどく嫌な気分であった。
 ――畜生、所詮は大隊、頭数が足りなさ過ぎる。
頬杖をつく様にして目を手で覆う、彼の考え込む時の癖だ。
 ――俺達は最高でも連隊、最悪は旅団以上の大軍勢を相手に今夜、夜襲を掛ける事になる。地の利はあるが兵数の差は三倍以上である、厳しい戦争になるだろう。座学で習ってはいたが帝国軍の皇国では不可能な程の行軍の素早さを嫌でも実感する。

 これまでの撤退時に行きあった村人達の話では、〈帝国〉軍のやり口は凄惨極まりないものであった、暴行、略奪、を当然のように行っている。

 ――気に入らないが行軍の早さを確保するには忌々しい程有効だ。しかも士気を保つ為などと民間人に対する最も下衆な行為を軍が推奨しているらしい。北領でも村人達から弾薬と兵以外のあらゆる意味での資源を略奪し気力を充実させながらこちらに嵐の様に向かって来る。

 彼の頭をある考えがよぎった。それは相手の弱点を突き戦闘を避け、逃げながら時間稼ぎを可能にする戦術だった。
 だが、実行したら衆民からの軍への信頼は崩壊するし兵や将校からも猛反発を受けるのは、火を見るより明らかである、それでも有効なのは間違いない。

 ―― 一応は『大協約』には反しないはずだ、戻ってきたら新城にでも訊くか?
 一瞬よぎった考えを即座に打ち切った。
 ――否、彼の駒城の育預になった事情を考えればこんな事を訊くのは無神経の極みだ。そもそも後ろで砲兵旅団がつかえているんだ。2日は防衛線上で粘らなくてはならない。無理だな。

 手を外し再び視界を戻すと、馬堂豊久は戦務幕僚達の会話に耳を傾けながら自嘲の笑みを浮かべた。
 ――いやはや馬鹿らしい、逃げ切れないからこうして戦闘の算段を立てているのに何故俺は逃げる方法を妄想しているのだ。そも、俺は軍司令官でも軍参謀でもないただの大隊幕僚だ。である以上、生きる為にも軍人たる為にも今は目の前の作戦を詰めなくてはならないと言うのに。



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