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王道を走れば:幻想にて
第四章、その5の2:思い通りにいくものか
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 北の雨雲というのはしつこさに定評があるらしい。二日前の大雨で濡れた地面が漸く乾いたと思ったら、西の方からまた黒い雨雲が近付いてきたのである。今宵か、一両日中にはまた雨に見舞われそうであり、山肌を滑って吹いてくる風も些か強めである。今回の黒い雲の中に、稲光の矢が見えていないのが唯一の救いだと言えよう。
 慧卓は水車小屋の壁に背をつきながら、ぼんやりと小川のせせらぎを見詰めた。小さな石橋が掛けられており、その下には浅い底が見えるほどに透き通った水が流れ、耳に癒しの音を伝えてくる。水の流れにより車輪のように水車が周り、がらがらとした音を伴って水を掻いていた。水車小屋の中には臼があり、水車の力を借りて小麦を挽いているのは既に確認済みである。自然の恩恵によって小川の近くでは、脛半ばあたりまでの高さをした草が繁茂しており、薄紫の綺麗な花が咲いている。まるで『雨の恵みによって育っています』といわんばかりの可憐な九分咲きである。風雨に負けぬ強さには正直見習いたいものだ。

『息子達は北の丘陵地帯へ狩に向かっておる。水車の所で待っておるがよい。向こうから話しかけてくれようぞ』

 慧卓は昨日聞いたキ=ジェの言葉を思い起こしながら、北の方角を見詰めた。ほんの少しといったくぐらいにうっすらと霧が立ち込めているが、薄緑でなだらかな雄大さを誇る丘そのものを隠す事は出来ない。遠くの方には雲間から太陽からの光が大地に注がれており、神の存在を露にするかのような幻想的な雰囲気を醸し出していた。地平の彼方まで届いているかのようなどこまでも広大とした平原であり、キ=ジェ曰く此処には動植物が数多く生息する地域のため、そのまま野放しにしているという。彼の言葉は最もである。こんなに自由な気分になれる場所に人の手を加えるなど、邪にも程があるというものだ。ここには一体どんな動物が住んでいるのだろうか。鹿か、馬か。或いは熊かもしれない。
 そんな空想に耽っていると、何時の間にやら足元に一匹の小さな動物が近付いてきたのだが、慧卓はそれを見てかなり戸惑う。それは犬でも無ければリスでも無かった。現代の恐竜図鑑に載っていた二足恐竜、俊敏にして獰猛である、ヴェロキラプトルのような外観をしていたのだ。ここに来て漸く異世界らしい動物に出遭えたのだ。その恐竜は慧卓の腰程度の大きさをしており、強いて言うならターコイズブルーの綺麗な肌をしており、腹の部分は白かった。鉤のような鋭い爪が地面に引っ掻き傷を残し、蜥蜴のような面構えを慧卓に寄せて鼻をひくひくと動かす。不思議と警戒心が生まれぬ慧卓であったが、上目遣いに向けられたそれの黄金色の瞳に、期待のようなものがあるのに気付いた。

「しっ!飯なんか持ってないって!あっち行けっ!」

 面倒だといわんばかりに邪険にしても、その蜥蜴のような動物は何も反応せ
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