第四章、その5の2:思い通りにいくものか
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思うんだけどなぁ」
そう言って慧卓は己の前へ回されたスープを見詰めた。余程じっくり煮込んだのであろう、透き通った湖面に木のスプーンを沈ませ、それを掬ってから口に納める。なるほど、彼女の言うとおり出汁が旨い。豚骨にも似た深みがあるのだ。二口目、今度は肉と根菜を一緒に頬張る。するとどうであろう、肉が舌の上であっさりと解れてしまい、根菜と絡まって独特のアクセントを伝えてくるのだ。旨みをぎゅっと閉じ込めていたのだろう、歯で潰した途端に肉汁と共に溢れ出す。肉質は牛肉よりも柔らかく、それでいて豚肉よりも確りとした味。肉料理というのは概して一歩間違えれば臭いがきつくなるものであるが、この熊肉スープからはそれが出てこない。それどころか調理過程に香付けでも加えたのか、深くすっきりとした香が咥内を押し広げて、食欲を掻き立てるのである。
そう、食欲を掻き立てるというのが建前である。慧卓とてそれは同じ事であったが、今宵はどうにも匙が進まなかった。寡黙なままに眉を顰める彼を見て、隣席のユミルが問いかける。
「ケイタク、お前大丈夫か?そんなに眉を顰めおって。周りが不振がるだろう?」
「すみません、ちょっと考え事をしてたもので・・・」
「そうか、なら仕方ないのか?」
「全然駄目ですよ、御主人!こんな愉しい時に一人だけ法律家気取りの顔してるんですよ?無粋にも程があります」
「・・・結構真剣な考え事なんだけどなぁ」
「はっ。そんな事日常化していると、将来禿げますよ。若禿とか超幻滅ですよね」
「さ、流石に言い過ぎではないのか、パウリナ?ケイタクにとっては流石にそれは酷な未来予報だぞ。なぁ、ケイタク」
「・・・そうですね」
慧卓は生返事で返すと、再び思考の海へと沈み込む。ユミルとパウリナがそっと目を合わせた。
「・・・少し一人にしてやろう」
「ええ?皆で愉しくやるのが御飯じゃないんですか?・・・折角元の身分とは関係無い所まで出世したんだから、せめてこういう時くらいは付き合って欲しかったんだけどなぁ」
「元盗賊に元狩人の俺達が、現役の騎士の務めを邪魔してはならん。晩餐会というのは、俺らが想像していたものとは少し気色が違うようだ。お前も今日くらいは空気を読まんか」
「はぁーい。そういう事なら仕方ないかぁ・・・。じゃぁ御主人、私あれが食べたいです!」
「あれ?・・・ああ、あの猪か。待っていろ」
空気を読んでくれたのか、二人は食事に集中する事に方針を変えて、猪肉のステーキに手を伸ばし始めた。その間にも慧卓は頭の中にずっと浮かんでいる、用意してきた残酷な台詞を言うべきか言うまいかで悩んでいた。言うべきなのが領主と交わした建前であるが、口にする覚悟が出来ているかと問われれば否である。『言いたくない、言っては駄目だ』。偽らざる本心がこの場においては
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