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くらいくらい電子の森に・・・
第七章 (2)
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忘れてしまうことも、多いのではないでしょうか?」
「アラームを工夫しますよ」
「でも、作業がお客様の手にゆだねられている限り、100%じゃない」
「…認めます。しかし、現状それ以外に」
「あるでしょう?…いい方法が」
紺野さんは、沈黙を返事にして伊佐木課長を睨んだ。笑顔の形に強張った細い眼は、なんの感情も伝えてこない。しかし、自分がどこに誘導されているのかだけは、よく分かった。

「全ユーザーのパソコンに、ひっそりと自動的に、インストールしてしまえばいいんですよ」

「それじゃウイルスと変わらないじゃないですか……!」
「アップデートファイルに『偽装』して配布するのと、何がちがうのでしょうか?」
伊佐木課長は、あくまで左右対称の微笑を絶やさず、ゆっくりと首を振り向けた。…心底、ぞっとしたという。言葉は確かに通じているのに、肝心の心が通じない生き物と言葉を交わしているような気分だった…と紺野さんは語る。
「全然違う!何のために、アップデートファイルとして配布すると思うんですか!…いくら現行のニセMOGMOGの仕様に合わせても、やっぱり使い勝手は多少変わってしまうんです。それに環境によっては、強引なプログラムの書き換えで急に不具合を起こす可能性だってある。ならば、それをユーザーに一言告知しておくのがスジじゃないですか!」
「…そっとしておけばほぼ分からない欠陥を、わざわざ詳らかにしてユーザーの不安をあおるのが、わが社のスジ、なのですか?」
紺野さんを覗き込むように首を傾けて、伊佐木課長は言葉を切った。
「ね?何も、ユーザーを害するために、こんなことを言うわけじゃないのです。若いんだから、そこはもっと柔軟に、柔軟に。…そうでしょう?」
役員の席から苦笑がもれた。…紺野さんの意見は「よくありがちな若者の暴走」として一蹴され、伊佐木課長の案が採用されることに決定した。



「…で、ニセMOGMOG発売の数日前、真のMOGMOGは完成した。開発チームは、今も山梨の山奥で必死にデバッグ作業をしている。そして俺の仕事は、お前を含めて19人のモニターを使った調査だ。……ちょっと疲れたな。珈琲でも煎れよう」
紺野さんは一旦言葉を切って立ち上がった。柚木はまだ見ぬ伊佐木部長に噛み付きそうな顔で聞いていたが、僕の考えは柚木とは違った。
この伊佐木って人は確かに嫌な奴かもしれない。でも、だからといって彼の判断が全部間違ってるとは思えない。
確かに、年末商戦にこだわるあまり、未完成なソフトを流通させてしまったのは、許されることじゃないとは、僕も思う。でも伊佐木課長の判断には『会社存続の危機』という、絶対的な前提があった。いくらいいソフトを開発しても、リリース時に会社本体が潰れているのでは本末転倒じゃないか。そんな状況で、こういう判断をする
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