第七章 (1)
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がクラッシュしたんだってな。まー、大丈夫だとは思ったんだが、念のため知り合いの町医者に往診を頼んだんだ。まぁ、ちょっと重い打撲と脱水症状程度で済んだらしい。今日一日は寝てろ」
さっき、きっちりフタを閉めたエビアンをもう一度空けて、一口あおる。水が体に染み込んでいく感覚と共に、徐々に頭がはっきりしてきた。
やがて、一つの疑問が首をもたげた。
「ねぇ、紺野さん」
「どうした。腹が減ったのか」
「……どうして、『往診』なんだ」
崩れた本の山を積みなおしていた紺野さんの、手が止まった。
「あ、あぁ。ほら。あの人、いつも俺が世話になってる近所の町医者なんだよ」
止まっていた手が、ぎこちなく動き始めた。そしてつとめて無関心を装うように、小さくため息をついた。
「近いし、下手な医者より信用できるからな」
「嘘だ」
紺野さんの顔から、表情が消えた。本を積む手を完全に止めて、ただ表紙を見つめている。
「僕は、このマンションの番地を正確に言えるよ」
「…………まじかよ」
「この辺の地理は、全部把握してる。一度、通ったからね」
紺野さんの言葉を待ってみた。相変わらず、本の表紙を漫然と見つめているだけで、反論をして来ない。僕は言葉を続けた。
「ここは間違いなく、救急指定・純天大学総合病院の近くだよ。町医者は、いない」
「……あーあ……」
紺野さんが、間延びした声を出して本を放った。いたずらがバレた小学生のように、悪びれた様子もない。
…昨日、あいつらは何て言った?柚木をヤク漬けにして新大久保に立たせて、僕をマグロ漁船に乗せて殺す、そうはっきり言った。…あのときの恐怖と怒りがないまぜになったどす黒い感情が腹の底から湧き出てきて、その照準が「かち」っと音を立てて紺野さんを捕らえた。
「……あーあって何だ!あんたに関わったせいで僕も柚木も殺されるところだったんだぞ!!黙って聞いてたらなんだよ、警察どころか救急車も呼ばないでテキトーな町医者に診せて!あの連中と同様、僕らを拉致っただけなんじゃないか!?」
「ちがう!!」
本の山に手をついて、紺野さんが身を乗り出して怒鳴った。反論があるなら聞いてやろうじゃないか。僕はまっすぐ、紺野さんを睨み返した。
「伊藤さんはテキトーな町医者なんかじゃない!立派な町医者だ!!」
………何!?
「……い、今は町医者の良し悪しを問いたいんじゃないよ」
「伊藤さんを悪く言う奴は、俺が許さんぞ!あの人は名医だ!!」
「いやだから、医者のことは謝るけど僕の話を」
「いや聞け、俺はお前をテキトーな医者に診せてお茶を濁したわけじゃない!大切な友だからこそ!信頼している名医にだな!」
「そっ、そんなこと言って論点すり替えようったって」
「論点のすり替えだなんて!悲しい事を言うな!お前が玄関に倒れこんだ瞬間
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