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或る皇国将校の回想録
第一部北領戦役
第一話 天狼会戦
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皇紀五百六十八年 一月 二十八日 午前第八刻 
天狼原野 北領鎮台主力から後方約一里 独立捜索剣虎兵第十一大隊 大隊本部
大隊情報幕僚 馬堂豊久大尉 


無意識に自分が震える手で鋭剣の柄を撫でている事に気がついた馬堂豊久は苦笑した。

「・・・鋭剣一本でなにが出来るわけでもあるまいに――まぁ向こうに居ないだけましか」

 気の抜けた口調でつぶやくが前方の光景――二万半ばを超す軍勢に目をやると頬を引き攣らせた。
それは、彼だけではなく、この大隊――いや、この天狼原野に展開する北領鎮台の兵・将校の大半が似たような有様である。
 それは単なる怯懦と断ずるべきではないだろう。
 何故ならば、二十五年前の大規模な内乱から彼らの住む〈皇国〉は太平の世を享受しており〈皇国〉陸軍・水軍のどちらも対外戦争によって血を流した事は一度もなく、精々が辺境の小規模な反乱や匪賊・海賊の討伐くらいしか彼らの仕事はなかったのだから。

  勿論、その様な有様の軍を抱えた〈皇国〉が戦争を仕掛けたわけではない。
北方の軍事大国である〈帝国〉は貿易で儲けている新興国〈皇国〉への貨幣の流出に耐えかね“蛮族鎮定”の為にこの北領に大軍勢を送り込んだのだ。
 その数は約二万二千名と報告されている。
 応戦するのは五将家の一角、守原英康大将率いる北領鎮台、総計約三万名。
 数では勝っているが、平時の軍政機構である鎮台を増強し、戦時用の軍へと改組する時間すらないまま会戦に挑もうとしている事は大きな不安材料である。
 この北領鎮台の司令長官、守原英康大将は四半世紀前に起きた最後の万を超える兵員を動員した内乱――東州内乱で実戦を経験しており、初の国土防衛戦に緊張こそしていたが数の優位を活かし正面からの殴り合いを企図した危なげのない定石通りの布陣を整えている。
 ――守原司令長官からすれば、改組が間に合わなかった事により司令部の増強を行えなかった事を数の優位によって補うのならばこれしかなかったのかもしれない。
 主戦場から離れたからか、豊久は他人事のようにそう考えていた。
 単発の先込め式燧発銃――要するにマスケット銃が万国共通の武器である〈大協約〉世界、やはりと云うべきか銃兵隊が密集陣形を組む――所謂、戦列歩兵が主流である。
 そこで最前線を歩むのは如何に狙われにくい将校と云えども恐ろしいものである。
「人間万事塞翁が馬、か。怪しげな実験部隊と云うのもこうした時にはありがたいものだな」
 予備部隊として後方に配置された理由はまさにそうした立場が齎した幸運である。
この独立捜索剣虎兵第十一大隊は新兵科を実験的な新たな戦術構想の下に運用する為に二年前に設立された部隊であり、当然ながら此処で戦争することなど想定外中の想定外であった。

 脳裏に残る前世らし
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