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或る皇国将校の回想録
第一部北領戦役
序 動乱の兆し
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軍の動きが活発になっているのは其方の所為だと思いますが――」
 情報幕僚――豊久はそう言って眉をしかめる。
「――理由がないわけではないですからね
〈帝国〉東方の正貨価値の下落が深刻な域になりかけていますから」

 〈皇国〉は太平の世の下で自由経済による経済発展、熱水機関による工業の発展の中で産業大国へと躍進を遂げた。その中で取り分け成長が顕著だったのが貿易を取り仕切る回船問屋である。
 彼らは低税率の自由経済を謳歌し、格安で大量の商品を各国に送り届け、貿易黒字を生み出した。
これによって引き起こされる貨幣の流出は〈帝国〉内政の抱える諸問題に火を着けた。
 まず、〈帝国〉政府は流出に対抗する為に正貨を増産し、それは物価、賃金の上昇と典型的な通貨膨張を引き起こした。それは貿易品によって押されていた農奴を支配する地方領主達と〈帝国〉経済を牛耳る大商人達による穀物の売り惜しみを引き起こし、それは更に農奴――臣民達を追い詰め、遂には小規模ながら暴動が頻発する事態へと発展している。
 だが、それはあくまでも〈帝国〉の国内問題であり、〈皇国〉上層部はある程度の関税に対する譲歩で済む問題だと考えていた。
 どの道、戦になれば〈皇国〉が屈服するしかない事はどちらにも分かっていたし、〈帝国〉が保護貿易を行うのならば〈帝国〉が西方で小競合いを行っているアスローンや南冥――凱帝国への販路を開拓すれば補いがつく程度の問題だと、〈皇国〉側は考えていた。

「――まぁ、外交で決着できると信じましょう。そもそも、剣牙虎慣れした馬の育成も進んでいないのだから、戦争するにしてももう少し待って欲しいですからね。
・・・輜重部隊から騎兵砲隊に輓馬を回してやれませんか?」
 龍火学校(砲兵専科学校)を出ている砲術屋でもある馬堂が兵站幕僚に云う。
 ――剣牙虎、長くのびた牙を持つこの動物は群生し、〈皇国〉人は長きにわたり剣牙虎と共に暮らしていた。その結果、ひとたび懐けばこの賢い獣と主人は強く結びつく事を〈皇国〉人は知悉している。
ほんの数年前、〈皇国〉陸軍はこの獣達を銃兵に随行させる新兵科――剣虎兵を採用する事にした。猛獣としての素早い身のこなし、強大な膂力は白兵戦に於いて銃兵一個小隊分の戦力を誇り、鋭い五感は十里先の獲物を察知する。
 それだけ聞けば、素晴らしい兵科なのだが、多大な問題も抱えている。まず、第一にこの時代の生活の要である馬と決定的に相性が悪い事。
 第二にその戦闘法が隊列を組まず、白兵戦で人を殺める野盗の如きものである事である。
第一の悪条件は運用上の障害として誰もが頭を痛めていた。
 馬堂大尉が言ったように剣牙虎に慣らすには非常に時間がかかるし、それでも万全な状態になるわけではない。軍隊の血液である輜重部隊、軍の火力を支える砲兵、そして軍の花
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