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或る皇国将校の回想録
第一部北領戦役
序 動乱の兆し
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くまでも今は平時であるとし、北領の治安維持の為に――」


皇紀五百六十八年 一月十四日 午前第八刻 北領 領都北府
独立捜索剣虎兵第十一大隊 大隊本部

「北領警備体制の強化を行う、と。
警備体制を強化って匪賊撲滅の為じゃないでしょうに」
 独立捜索剣虎兵第十一大隊情報幕僚である馬堂豊久大尉はひどく不機嫌であった。
北領の地図を前に普段は愛想のよさを感じさせる顔つきを歪めて愚痴を零している。彼が視線を向けていた地図には匪賊の被害報告を示す点が複数記されており、其処にさらに幾つか線が引かれてある。
「結局、船に乗ってまで辺境に来てもやる事は変わらないなんてなぁ。
大体、部隊の数は龍州の倍は居るのに仕事が増えるなんてこんなの絶対おかしいよ」
 文句をつけながらも手際よく報告書と地図を照らし合わせ、再び線を書き加えた。

「何を言っているんだ、貴様は。それが俺達の仕事だろうが、それとも何だ?
貴様は司令長官閣下の御家名が気に入らんとでも言うつもりか? 生憎と俺は家名に縁がないからな、そんな閨閥は縁がない」
 同じ大尉の階級章を身に付けた戦務幕僚が鼻で笑うと、豊久はじっとりと半眼で睨み返す。

「わたしゃ確かに駒城様の家臣の家ですがね、匪賊討伐に精を出すくらいには衆民思いですよ。
でも一個大隊に仕事を押しつけられると文句もつけたくなります、別に五将家云々で守原大将閣下に含むところがあるわけじゃありませんよ」

 ――五将家、かつて戦乱の時代に〈皇国〉を統一した五大軍閥貴族達は名目上の君主である皇家を奉じて公爵家となり、この国の実権を握っている五大勢力である。
 現在では経済の自由化とそれに伴う民権の拡大によってその勢力は減衰しつつあるが、彼らの軍が大元となった陸軍では確固たる勢力を保っており、昇進に際して五将家とその家臣達と無位の衆民では昇進の速度、上限には明確な違いがある。
 良い例として、同じ大尉である衆民出身である戦務幕僚は三十路を超しているが、情報幕僚の馬堂大尉は二十六である。

「しかし、警備体制の強化、と言うがね。
実際のところ、〈帝国〉が攻めてくると思うか?」
 兵站幕僚が消費物の目録から顔を上げて云った。

 ――〈帝国〉とは〈皇国〉の北方にあるツァルラント大陸に於いて皇帝の下で強力な軍事力によって確固たる覇権を築いた軍事大国である。北領は彼の大国が侵攻する際に備えて軍備の増強が行われているが、実際に戦うとなると緒戦はまだしも本格的な戦争となると対抗できるとは当の〈皇国〉陸軍すらも信じていなかった。

「さあな。 俺には分からんが、来たとしたら相手をするまでだ」
 戦務幕僚はその現実を跳ね除けるかのように硬い声で返す。

「〈帝国〉西方がきな臭くなっているそうですからね。
多分、
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