第七話 位牌その八
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その中の太った男が信行のところに来た。これが織田信友である。後ろの小さいずるそうな男こそがだ。その腹心の太膳であった。
彼は信行のところに来てだ。まずはこう告げてきた。
「父君のことは不幸だったな」
「はい」
信行はまだ小さい市の手を握ったまま彼に返す。
「かたじけない御言葉」
「しかし勘十郎」
信友はわざと笑顔になって彼に言ってきた。
「そなたの兄の姿が見えぬな」
「左様ですか」
「ここには来るのだな」
「無論です」
信行は信友に素っ気無く返した。
「兄上は間も無く来られます」
「だといいのだがな」
「全くです」
ここで太膳が愚弄した笑みと共に言ってきた。
「来られればいいのですが」
「貴殿が案ずることはない」
彼に返したのは坂井であった。
「別にな」
「ほう、ないのか」
「ない。落ち着いておれ」
坂井は彼への敵愾心を隠そうともしていなかった。そのうえでの言葉だ。刀を持っていればどうなるかわからないまでの殺気がそこにはあった。
「よいな」
「ふん、まあいいわ」
太膳もここで一旦は引いた。
「とにかく。待たせてもらおう」
「そうじゃな。では太膳」
「はい」
「座るとしよう」
信友はこう太膳に告げた。
「ゆうるりとな」
「そうしましょうぞ」
「では我等も座るとしよう」
信行が己と共にいる者達に告げた。
「よいな」
「はい、それでは」
「我等も」
「市、そなたもだ」
信行は市には優しく声をかけた。
「座るのだ」
「はい、信行兄様」
市は澄んだ奇麗な声で兄に返した。
「それでは」
「もうすぐ兄上が来られるからな」
信行は二人一緒に座りだ。また優しい声をかけた。
「待っているのだぞ」
「信長兄様なら」
しかしだ。ここで市は言うのだった。
「もう少しで来られる」
「わかるのか」
「もう少しで。ちょっとしたら来られる」
こう言うのである。
「今馬に乗っておられる」
「まさかと思うが」
妹のこの言葉を聞いてだ。信行はいぶかしまざるを得なかった。
「市の勘は」
「信長様と同じ程のものはありますね」
帰蝶はその市の言葉を聞いて述べた。
「市殿はどうやら御兄弟の中で信長様に最も近いのでしょう」
「そうなのか。この娘がか」
「末恐ろしい娘ですね」
帰蝶はその市を見ながらまた述べた。
「これは」
「どうなるのかな」
信行はその妹を見てだ。ふと思うのだった。
「我等より兄上に近いか」
「おそらくは」
そんな話をしている間に葬儀がはじまった。それから暫くしてだ。葬儀の場にその男が遂に姿を現したのであった。
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