暁 〜小説投稿サイト〜
久遠の神話
第三十二話 相互理解その六
[1/2]

[8]前話 [1] 最後 [2]次話

「薬さ。毒にもなるけれどな」
「そうか。できればだ」
「できれば。今度は何だよ」
「君のことを人間として好意を抱きたくはないな」
「また変なことを言うな」
「好意を抱いている人間とは戦えない」
 広瀬は中田にだ。彼が今まで他の剣士には言わないことを告げた。
「どうもな」
「おい、また随分なこと言うな」
「随分か」
「ああ、あんたがそう言うとは思わなかったよ」
「敵だから戦える」 
 広瀬は鋭い目になっていた。それは剣士の目だった。
 だがそれでもだ。彼は言うのだった。今はこう。
「しかしそうではない相手とはだ」
「戦えないっていうんだな」
「人間はそうではないのか」
「まあそうだな。俺にしてもな」
 中田もだ。広瀬のその言葉に応えて言う。
「倒すよりもな」
「相手が戦線を離脱する方がか」
「いいからな」
 こう言うのだった。
「それで最後の一人まで残ればいいしな」
「戦いは好きではなかったな、君は」
「剣道ってのは基本活人剣だからな」
 それ故にだというのだ。
「殺したり倒したりじゃないんだよ」
「そういう考えか」
「中にはな。剣道を弱い奴をいたぶる為の道具にしてる奴もいるさ」
「下衆だな」
「ああ、そういう下衆もいるけれどな」
 中田は広瀬に話しながらだ。かつて彼が再起不能にした暴力教師のことを思い出していた。あの教師を成敗したことは何とも思ってはいない。
 それ故にだ。あの教師のことはこう言えた。
「下衆を倒す為でもあってな」
「しかしまともな人間を倒す為のものではない」
「ましてや弱い者いじめなんてな」
 またその教師を念頭に置いて話す。
「問題外だからな」
「そうだな。俺も弱い者いじめはしない」
「それは即ちだよ」
「自分が弱いということだな」
「弱い奴ってのはそうするんだよ」
 達観した感じでだ。中田は言う。
「この場合の強さってのは腕力とか体格じゃなくてな」
「心だな」
「ああ、心が強いかどうかだよ」
「心が強い人間こそが本当に強い」
「俺はそういう人間になりたいんだよ」
「だから剣士の戦いもか」
「できるなら。相手が下衆でもない限りな」
 そうでもなければだというのだ。
「戦いたくはないな。そして戦わずにな」
「生き残りたいか」
「戦わずして勝つとかな」
 こんなこともだ。中田は言った。
「そうしたいな」
「そうか。そしてそれはな」
「あんたもだな」
「戦いは避けないが何もせずに終わるのならそれでいい」
 広瀬もだった。決して戦いを自ら望んではいなかった。だが戦いになると躊躇しないというのだ。そうした意味で二人の戦いに対する考えは同じだった。
 その彼等が話した。そのうえで言い合うのだった。
「では今度会う時はな」

[8]前話 [1] 最後 [2]次話


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2025 肥前のポチ