第三十七話 二つの砦その二
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「御主はそれ程食うでないぞ」
「むっ、それはどうしてでござるか?」
「そなたとそなたの手の者達は忍じゃ」
それでだというのである。
「その御主が食い過ぎて動けぬのでは話にならぬ」
「だからでございますか」
「そうじゃ。腹一杯は食うな」
「それは残念でございますな」
蜂須賀はこの世の終わりの如き顔になって述べた。
「いや、ここで腹一杯食えぬとは」
「戦が終わってからでよいだろう」
その落ち込む彼にだ。木下が笑いながら話した。
「それからな」
「それからか」
「そうじゃ。勝ってその祝いにたらふく食うのじゃ」
また話す彼だった。
「よいな、そうするとよいではないか」
「ううむ、御主が言うとじゃ」
「聞けるか?」
「うむ、妙に頷ける」
そうだと言う蜂須賀だった。
「何でもないようでそれでいてじゃ」
「はて。わしは特に何も話に入れておらぬが」
「それでもじゃ。御主が言うと妙にそうなるのじゃ」
「あれじゃな」
佐久間盛重もここで木下に話す。
「人たらしというかのう」
「人たらしでございますか」
「猿、御主はそういうタチらしい」
「兄上はこれまで誰かに強烈に嫌われたことはありませんな」
「そういえばないのう」
弟にも言われるとだ。まさにその通りだった。
「そうしたことは」
「それです。兄上は昔から付き合う者に妙に好かれてきております」
「ではそれか」
「はい、それがです」
人たらしだというのである。まさにだ。
「兄上のよいところなのでしょう」
「そうなるのか」
「それでなのですが」
木下秀長はあらためて兄に話した。
「兄上はねね殿も迎えられたのでしょう」
「ううむ、わしの様な不細工な男が妻をのう」
「だから言っておるだろう。男は顔ではないのだ」
「ううむ、それでは」
「そうじゃ。まあ人たらしというか人を惹き付けるもので言うと」
そういうことになってもだ。やはり彼であった。
「殿は桁外れじゃがのう」
「確かに。我等が殿は」
「殿とは共にいたくなる」
信長はだ。そうした主だというのだ。これは彼等が共に感じていることだった。だからこそだ。彼等は尾張にいるのである。
「そして殿の目指す先についていきたくなるからのう」
「ですな。それは」
「はい、確かに」
木下兄弟が佐久間盛重の言葉に頷く。そうしてだ。
二人でだ。あらためて話すのだった。
「ではこの戦を生き残り」
「殿と共に」
「行くとするぞ」
こんなことを話してだ。彼等は敵を待っていた。今川の軍勢は尾張に入りさらに進撃を続けていた。だが信長はだ。それを聞いてもだ。
動かない。清洲にいるままだ。美濃との境にいる平手が率いる主力に対しても何も指示を出しはしない。全くであった。
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