第三十五話 奇妙な砦その九
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「わしはやはり赤味噌よ」
「そうですね。それでは」
「さて、出羽がそろそろ戻ってくる」
簗田のことである。
「面白い話をな」
「面白いですか」
「そうじゃ。面白い話を持って来る」
「では。それが来てから」
「さてな」
帰蝶の今の問いにはだった。
信長はとぼけてだ。こんなことを言うのであった。
「わしは今は動きたくないのう」
「では篭城ですか?」
「ふむ、どうしたものか」
今度もだ。はっきりとしない返事だった。
そうしたはっきりとしない返事を続けてだ。彼はだ。
のらりくらりとした調子でだ。こんなことも言った。
「とりあえずはこの胡瓜を食ってじゃ」
「食べて。そうしてですか」
「弓でも引こうか」
今はそれだというのだ。
「天気がよいしな」
「そうですか。今日は弓ですか」
「そうじゃ。どうじゃそれで」
「それはいいのですが」
今は流石にだ。帰蝶もだ。
信長のあまりもの余裕、今川が出陣したというのに見せるそれを見てだ。
不安を感じずにはいられなかった。それで彼に言うのだった。
「今はです」
「ははは、御主もそう言うか」
「申し訳ありませんが」
「そうじゃな。今はそういう時じゃ」
それがだ。わかっているといった口調であった。
しかしそれでもだった。信長の様子は全く変わらない。それでやはりなのだった。
「では。弓を引こう」
「そうされますか」
「うむ、そうするぞ」
こうしてだった。彼は今は弓を引きに的の場所に向かうのだった。彼だけが余裕の中にあった。周りはそんな彼をいぶかしんで見るだけだった。
第三十五話 完
2011・4・2
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