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戦国異伝
第三十三話 桶狭間の前にその九
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「その時になればじゃ」
「戦になればですか」
「その時にですか」
「そうじゃ、わかる」
 その時にだと話してだ。そうしてなのだった。
 やはり言わない。だが、だった。
 戦の用意はさせていた。具足や馬はしっかりとだ。
 清洲には兵が集う。家臣達も城を離れることは許さなかった。
 彼等を集めたうえでだ。信長は言うのであった。
「さて、それではじゃ」
「茶をですか」
「飲まれるのですか」
「緊張してばかりではよくないからのう」
 笑っての言葉だった。
「だからじゃ。御主等もどうじゃ」
「確かに。今川はまだです」
「まだ兵を出してすらいません」
 出陣の用意を命じただけだ。駿河を発つのはまだこれからだ。そうしたことを考えればだ。織田には時間的な余裕が存在していた。
 それでだ。家臣達も主に述べるのだった。
「では。是非」
「我等もまた」
「殿と共に茶を」
「そうせよ。さて、美味い茶を飲みじゃ」
 それからだというのである。
「今はゆっくりしようぞ」
「そしてやがてはですな」
「今川と決着を」
 こう言い合うのだった。織田家もまた緊張の中に入ろうとしていた。ところがだ。
 当の信長はだ。こんな調子であった。
「ゆっくりとしていればよいのじゃ」
「今川が来るというのにですか」
「ゆっくりとは」
「流石にそれは」
「では今すぐ今川の軍がこの清洲に来るのか」
 こう問い返すのだった。家臣達のいぶかしむ声にだ。
「二万五千の兵がじゃ。駿府から清洲にまで一気に来るのか」
「それは有り得ません」
「今川には妖術使いはおりません」
 いささか滑稽だがそれでもだ。家臣達が答える。
「一気にこの駿府にというのは」
「それはありませんが」
「そうじゃな。では今ここで緊張しても何の意味もない」
 これが信長の今の言葉だった。
「用意をしておればよいのじゃ」
「それだけですか」
「あくまでそれだけなのですか」
「その通りじゃ。では茶を飲もう」
「はい、それでは」
「そうさせてもらいます」
 家臣達は信長のその余裕に危惧を覚えていた。だがそれでもだ。
 これまでのことも踏まえてだ。主を信じることにした。そしてだった。
 彼等もまた茶を飲む。そうしたのである。
 その茶は美味かった。それを飲みながら信長はだった。
 部屋の中を見回してだ。悠長に話をした。
「今度は外もいいのう」
「外で、ですか」
「茶をですか」
「雨が降っていなければ外で楽しむのも一興じゃ」
 部屋の中には何もない。だがそれでもだ。その部屋の中を見回しながらの言葉だった。
「雨や雪が降れば廊下で飲むのもよいのう」
「廊下で、ですか」
「雨や雪を見ながら」
「桜や紅葉を見るのが一番よいが」
 花鳥風月
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