第三十二話 結納その八
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「天下一よ」
「またそんなことを」
そう言われてであった。不意にだ。
帰蝶の顔が赤くなった。紅に染まる。そしてその紅の顔で言うのである。
「からかうものではありません」
「むっ、からかいだと思うのか」
「それ以外の何だというのですか」
「本当のことを言ったまでじゃ」
信長はその帰蝶の顔を見ながら楽しげに話していく。
「御主程のおなごは誰もおらんかったわ」
「そうですか」
「そうじゃ。しかしじゃ」
「しかし?」
「御主、顔が赤いぞ」
このことをだ。本人に対しても話した。
「真っ赤になっておるぞ」
「それは気のせいです」
強引にだ。それを否定するのである。
「殿の目の錯覚です」
「そう申すか」
「はい、気のせいです」
まだこう言う帰蝶だった。
「それ以外の何でもありません」
「言うのう、実に」
「私は嘘は言っていません」
「しかし本当のことは隠しておるわ」
笑ってだ。その妻に話すのである。
「言葉にはじゃ」
「言葉にはとは」
「顔に出ておるぞ」
その真っ赤になってしまった顔にだというのだ。やはり信長の方が一枚上手だ。
その一枚上手の信長はだ。さらに話すのだった。
「目にもじゃ」
「目にもですか」
「そうじゃ、目にもじゃ」
そこにもだというのだ。目にもだ。
「目が泳いでおるぞ」
「それは」
「言葉ではどう言ってもそれでも顔や目にも出るのじゃ」
信長は話す。さらにだった。
「わかっておくことじゃ」
「それはわかっていましたが」
「とにかくじゃ。都にはそこまでのおなごはおらんかった」
それは強調してだ。また言うのだった。
「一人もじゃ」
「本当に。何を仰るかと思えば」
「本当のことじゃ。してじゃ」
「して?」
「茶を飲むか」
また話が変わった。今度はそれであった。
「喉が渇いたわ」
「そうですね。それでは」
「そういえばそなた酒は」
「はい、飲みません」
きっぱりとした口調で答えた帰蝶だった。
「というよりかはです」
「飲めぬか」
「どうも。身体が」
彼女もだ。そうだというのである。
「受け付けないので」
「そうか。そなたもか」
「そうした意味では殿と同じですね」
「ははは、それだけではないしな」
笑いながらだ。信長は帰蝶に話すのだった。
「わし等が似ているところはな」
「酒だけではありませんか」
「そうじゃ。他のところもじゃ」
似ていると。そう話すのである。
「似ておるわ」
「そうでしょうか」
「自分ではわからぬか」
「似ていないと思います」
首を傾げさせながらだ。帰蝶はこう返すのだった。
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