第三十二話 結納その二
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木下がだ。弟に対してだ。新しく己の屋敷になったその家の中でだ。小さくなって話していた。
広い床の部屋に二人だけだ。部屋の真ん中で二人だけで向かい合うと部屋が余計に広く思える。その中でだ。彼は弟に言うのだった。
「実はのう」
「ねね殿のことでございますな」
「むっ、わかるか」
弟の言葉にだ。兄ははっとした顔になった。
そしてそのうえでだ。小声でその弟に囁いた。
「そろそろ母上にもな」
「お話されますか」
「わしのこの口でな」
話すというのである。
「そうしておく」
「左様ですか。それではもう」
「しかしのう。ねねはじゃ」
ここでその妻のことを話す木下だった。難しい顔になってそのうえでだ。弟に対して神妙な調子になってそれを話すのであった。
「わしでよいのかのう」
「兄上で、でございますか」
「わしじゃぞ」
木下は自信のない顔で弟に話す。
「わしの様な。背は低く」
「そしてですか」
「しかも顔はこれじゃ」
その猿そのままの顔についてもだ。彼は言うのだった。
「身体は貧弱だしのう」
「それは関係ないのでは?」
「武芸もできん」
己にある劣等感を次々に話していく。
「身分も低い。字もあまり読めん。そんなわしに」
「いえ、身分は」
「言うことはないというのか?」
「そうです。兄上は今では足軽大将ではありませんか」
「それもかなり上だというのじゃな」
「殿の御前に出られる程の」
そこまでいくと重臣と言ってもいい。だから身分はだというのだ。
「それ程気にされることはありません」
「そうかのう」
「それに顔や背、武芸のことは」
「どうしようもないぞ、それは」
「他のことで充分補えまする」
だが、だった。木下秀長は兄にそれも大丈夫だというのだ。
そしてだ。その理由もだった。彼は今当の兄に語った。
「兄上のその頭で」
「わしのこれでか」
「殿もそれを買われたではありませんか」
「わしの頭をか」
ここで木下は己のその頭を右手でさすってみた。そのうえでの言葉だった。
「これか」
「はい、それがありますから」
また言う弟だった。
「大丈夫でございます」
「ねねと釣り合うか」
「むしろ」
「むしろ?」
「ねね殿でなければ駄目でしょう」
こう言うのであった。
「兄上に釣り合う方は」
「ねねでなければか」
「兄上の奥方は。ねね殿しかおりませぬ」
弟は尚も話す。
「それがしはそう思います」
「ううむ、わしが釣り合うのではなく」
「ねね殿がです。兄上に釣り合う方なのです」
「だといいがな」
「まあ結納は決まっております」
それはだ。既になのだった。
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