第二十九話 剣将軍その二
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「逃げて。何になるのじゃ」
「その身があれば何とでもなります」
「余の身があればか」
「そうです。御身さえあれば」
信長は将軍に対してさらに話す。
「幾らでも何とでもなります」
「そうかのう。逃げられぬ時もあるであろう」
「さすればその時は」
「死ぬまでか」
「それも手でございます。ただその前にです」
「その前にと申すか」
「はい、上様はです」
義輝を将軍としてだ。そのうえで話す言葉であった。
「何でございましょうか」
「余は何とな」
「はい、何でございましょうか」
「おかしなことを言う」
義輝は信長の今の言葉に目を顰めさせた。信長の家臣達も明智や細川もだ。彼の今の言葉はだ。どうしてもわかりかねるものだった。
義輝もだ。ここで言うのだった。
「余は将軍だ」
「はい、その通りです」
「幕府の将軍だ。ならば余がいればだ」
「幕府は成り立ちます」
「その余に何があってはか」
「剣が相手にできるのは一人です」
信長は剣についてこうも話した。
「所詮は一人です」
「確かに多くは相手にできぬな」
「馬は水は相手にする者はいませんが己の身を確実に護れます」
「ふむ。確かに」
「そしてです」
「そしてか」
「はい、多くを相手にするにはです」
その場合はどうするか。信長はそのことも話すのだった。
「剣ではなく書でするものです」
「書とな」
「兵法の書だけでありませぬ」
信長は今は笑っていない。真剣そのものの顔で義輝に対して話している。即ちだ。彼は心から義輝に対して話しているのだ。
「論語や老子、何でもです」
「何でもか」
「本朝の書もまた入ります」
信長の話の範囲は広かった。明の書だけではないのだった。
「色々とありますな」
「確かにな。数えきれぬまで」
「四鏡もそうでございますし今昔もでござる」
四鏡とは水鏡、増鏡、大鏡、そして今鏡のことだ。歴史書になる。今昔とは今昔物語集である。こちらは仏教的は説話集だ。どちらも我が国の古典である。
「源氏もまたいいものでございます」
「何じゃ、政とは離れた書も入れるのか」
「政とは人でございますな」
「うむ、その通りよ」
これは義輝も頷く。政とは人がするものだ。ならばその人であることは当然だった。
「人じゃ。土地や水も治めねばならんがやはり人じゃ」
「どの書からも人を学ぶことができます」
信長は言った。
「だからこそです」
「源氏もか」
「あれはいいものでございます」
源氏についてだ。信長は話していくのであった。
「人の心を見事なまで書いております」
「ううむ、人の心か」
「それを読み使われるのは」
義輝を見てだった。彼は告げた。
「公方様でございます」
「余か」
「若し読まれると
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