第二十二話 策には策でその一
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第二十二話 策には策で
「嘘でございましょう」
「いやいや、嘘ではありませぬ」
信長はこの時床にあった。そうして枕元に立つ中年、いや初老になろうとしているがまだ充分に美しい着飾った女に話をしていた。
見ればその顔は流麗でとりわけ目元が整っている。眉の形もいい。顔立ち全体が凛としていて生気に満ちている。長い黒髪も艶やかであり美貌はまだまだ健在だ。
その女にだ。彼は今話していた。
「いやいや、私としたことがです」
「落馬したというのですか」
「左様です」
「そなたが落馬なぞ」
女はまだ彼に言うのであった。
「私は今まで見たことも聞いたこともありませぬ」
「おや、そうでしたか」
「幼い頃から馬を乱暴に乗り回し」
信長の馬の乗り方の荒々しさは終わり中で有名なことだった。
「それで落馬どころかよろめくことさえしない貴方がですか」
「しかし不覚を取りまして」
「それで落馬だと」
「左様です」
床の中からだ。如何にも面目なさそうに言うのであった。
「その通りです」
「私は信じません」
女の言葉はまだ厳しい。
「平手の爺や権六ならともかくとして」
「いや、母上がですか」
「そなたの母だからです」
だからだというのだ。この女こそだ。信長の生母である土田御前である。信長にとっては実に厳しい母として知られている女である。
「わかるのです」
「母上だからですか」
「そなたは滅多なことでは死にはしません」
まさにそうだというのである。
「どうせ落馬の傷で死にそうだというのでしょう」
「実はそうなのです」
「それを母が信じると思いますか」
見ればだ。御前の顔は怒ってさえいた。怒るその顔は母親だからであろうか。何処か信長が上気した時のその顔に似ているものがあった。
「果たして」
「信じていただけなければ困るのですが」
「困ると」
「はい、そうなのです」
さしもの信長もだ。母親にはいささか礼儀正しい。言葉遣いが違う。44
「ここは是非共」
「どうやらそなた」
御前はだ。そんな信長の言葉を聞いてだ。まずは少し呆れた様な顔になった。
そうしてそのうえでだ。こう我が子に対して言うのであった。
「企んでいますね」
「さて、それは」
「そなたは私の子です」
今言うことはこのことだった。
「だからわかることです」
「そう言われますか」
「しかし」
それでもだと。ここで母の言葉が微妙にであるが変わってきた。
そうしてそのうえでだ。こう彼に告げた。
「しかしそなたの落馬はです」
「はい、それは」
「事実ですね」
我が子に合わせた。それにだ。
「そうですね」
「いやいや、全く油断しました」
「して。大丈夫なのですか」
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